第6話 降臨、厄介古参ファン「名無しの古参」
「……平和だ」
オークジェネラル討伐から数日。
俺たちエンタメ対策局は、一時的な平和を享受していた。
視聴者数は安定。コメント欄も『うぽつ』『次も期待』といった好意的な意見が目立つ。
「このままいけば、打ち切り回避も夢じゃないかもしれない」
俺がそう呟きかけた、その時だった。
――ピロリン♪
空から、今まで聞いたことのない重厚な通知音が響いた。
見上げると、空一面が『赤く』染まっていた。
「な、なに!? また打ち切りライン!?」
「違うエリス。あれは……『赤スパ(高額投げ銭)』だ!」
赤色の枠に囲まれた、とてつもない長文のコメントが、空をゆっくりとスクロールしていく。
【名無しの古参(@Nameless_Old_Man)】
【50,000ジェニー】
『いつも拝見しております。初期から応援している者です。
最近の展開について一言。
新規層への媚びが見え隠れしており、初期の硬派な世界観が損なわれているように感じます。
特に前回の回想シーン、あれはご都合主義が過ぎるのでは?
もっとこう、泥臭い「男の生き様」が見たいのです。
例えば、雨に打たれながらタバコを吹かすような、ハードボイルドな哀愁……
そういう「深み」がないと、古参としては納得できません。
(以下、3000文字省略)』
「……なっが!!」
全員が同時にツッコんだ。
文字が多すぎて空が見えない。太陽光が遮断されて薄暗くなっているレベルだ。
「誰よこいつ! 偉そうに!」
「馬鹿っ! 口を慎めエリス! こいつは『太客』だ!」
俺は冷や汗を流しながら解説した。
「HN『名無しの古参』。
この世界がテスト放送だった頃から視聴している、伝説の最古参ファンだ。
知識量は設定資料集並み、こだわりは原作者以上。
一度機嫌を損ねれば、長文のお気持ち表明で炎上しかねない、ラスボス級の視聴者様だぞ!」
「め、面倒くさい……!」
だが、無視はできない。
5万ジェニーもの大金を投げてくれているのだ。
ここで「嫌なら見るな」と言えば、俺たちの資金源は断たれる。
「……やるぞ。神(古参)のお告げだ」
「やるって、何を?」
「『ハードボイルド回』だ」
***
10分後。
俺たちは村の路地裏(薄暗い場所)に移動していた。
「いいか、今回のテーマは『渋さ』だ。萌えとか笑いとか一切いらない」
俺はコンソールを操作し、画面全体にフィルターをかけた。
彩度を極限まで落とし、ザラついたノイズを乗せる。
これだけで、一気に昔の刑事ドラマのような雰囲気が出る。
「カノン、BGM変更だ。ジャズだ。ウッドベースが効いてるやつ」
「おう、任せろ。『都会の孤独(サックス入り)』だ」
気だるげなジャズが流れ始める。
雰囲気は完璧だ。あとは演者だ。
「レオン、壁に背中を預けてうつむけ。震えるな。その震えを『武者震い』じゃなく『雨に濡れた子犬』のような哀愁に変えろ」
「こ、こう……?」
「そうだ。で、これを咥えろ」
俺はレオンの口に、棒付きキャンディ(チュッパ○ャプス的なもの)を咥えさせた。
タバコは教育上NGだからな。
「シルヴィア。お前はトレンチコートを着ろ。露出は厳禁だ」
「えっ、パンチラしなくていいんですか!?」
「当たり前だ。ハードボイルドにパンチラはノイズだ。
お前は『過去に訳ありの女』の顔で、遠くを見つめてろ」
「わ、わかりました! (私、捨てられた子猫……捨てられた子猫……)」
シルヴィアが自己暗示をかけ、憂いを帯びた表情になる。
こいつ、役に入り込むと強いな。
「エリス、お前は……」
「私は!?」
「そのキラキラしたドレスが浮く。画面の外で見切れてろ」
「なんでよぉぉぉ!!」
準備は整った。
俺はカメラを回した。
***
――本番スタート。
雨のエフェクト(強)が降り注ぐ。
路地裏に佇むレオンとシルヴィア。
セリフは極力少なく。間で語る。
レオンがキャンディを揺らす。
煙草に見えなくもないアングルで撮る。
「……止まない雨は、ねえか」
俺のアフレコ(低音ボイス)が入る。
シルヴィアがふっと溜息をつく。
「……濡れるわよ。心まで」
意味深なセリフ。意味なんてない。ただ雰囲気で喋っているだけだ。
だが、この『意味のなさ』こそがハードボイルドなのだ(偏見)。
空のコメント欄を見る。
『…………』
静かだ。
滑ったか? 古参ファンは怒って帰ったか?
心臓がバクバクする。
その時。
再び空が赤く染まった。
【名無しの古参】
【¥100,000】
『ほう……。分かっているじゃないか。
その「語りすぎない美学」。
最近のアニメは説明過多で胃もたれしていたが、こういうのが見たかったんだ。
特にレオンの表情、背負った業を感じる。
合格だ』
「通ったぁぁぁぁぁ!!」
俺は心の中でガッツポーズをした。
チョロい……いや、話の分かる人でよかった!
10万ジェニーゲットだ!
だが、安心したのも束の間。
追撃のコメントが流れてきた。
『ただ一点、気になったことが。
レオンのその古傷、第1話では右腕になかったか?
今のカットでは左腕に見えるが?
あと、その剣の装飾、設定資料集(β版)と形状が違う気がするが、何か伏線か?』
「……ッ!?」
細かい!
重箱の隅をつつくような指摘!
古傷なんて作画ミスの汚れだし、剣はアセットを変えただけだ。
「ま、マズい……。ここで『ミスです』なんて言ったら、世界観が崩壊する……!」
「ど、どうするのアルト!? 説明求められてるわよ!?」
俺は脳みそをフル回転させた。
伏線。伏線と言い張るしかない。
俺はマイクを掴み、レオンの口に合わせてアドリブを入れた。
「(アフレコ)
……フッ。気づいたか。
この傷は移動するのさ。俺の中の『呪い』が、暴れ回っている証拠だ……」
『なるほど! 呪いの侵食か!』
『深いな』
『考察班、出番だぞ』
コメント欄が勝手に考察を始めて盛り上がり出した。
助かった。
オタクは「意味深な設定」を与えると、勝手に深読みして補完してくれる生き物だ。
「はぁ……はぁ……。なんとか乗り切ったか……」
雨上がりの空を見上げると、満足した古参ファンからの『継続視聴します』の文字。
俺は崩れ落ちた。
「金払いはいいが、注文の多い料理店だな……」
「でも、これで予算は潤沢よ! 15万ジェニーあれば何ができる?」
「……そうだな。そろそろ根本的な『設定』を作らないといけない」
俺は指摘された「古傷」や「過去」について考えた。
行き当たりばったりで誤魔化してきたが、そろそろ限界だ。
ちゃんとした『過去編』を作らないと、古参ファンに刺される。
その時、空に次回予告のテロップが流れた。
視聴者に見えている「表向き」のタイトルだ。
【次回 第6話:追憶のレオン ―秘められし英雄の過去―】
「……いいタイトルだ。だが、実態は違う」
俺は拳を握りしめた。
やることは一つ。予算をかけずに、それっぽい過去でっち上げる。
つまり、次回の本当のタイトル(ミッション)は――
『勇者の過去捏造! 予算ゼロの紙芝居演出』
「……というわけで次回は、レオンの過去をでっち上げるぞ」
「人聞きが悪いわね! 『設定の深掘り』と言いなさい!」
こうして俺たちは、後付け設定という名の修羅場へ足を踏み入れるのだった。
(第6話 完)




