第5話 物理法則よりも、演出法則(ディレクション)が優先されます
「グオオオオオオオ!!」
オークジェネラルの咆哮が、俺たちの鼓膜を震わせた。
デカい。
身長5メートル。全身が筋肉の鎧。手には丸太のような巨大な棍棒。
スライムとは格が違う『中ボス』の風格だ。
「ひぃっ! 無理よアルト! こんなの勝てないわ!」
エリスが俺の背中に隠れる。
俺も同感だ。
こっちは「あがり症の勇者」と「ドジっ子サキュバス」と「喧嘩腰の詩人」しかいない。
まともな戦力はゼロだ。
「レオン! 前へ出ろ! 壁になれ!」
「あ、あ、あ……(ガクガクガク)」
レオンが前に出るが、足の震えが止まらない。
その震えが地面に伝わり、小刻みな地震が発生している。ある意味すごい。
オークジェネラルが棍棒を振り上げた。
その影がレオンを覆う。
「死ぬ! レオンが死ぬわ!」
「カノン! 『回避率アップ』の曲を弾け!」
「無理だ! 今アンチとレスバ中だ! 『お前の曲は古臭い』とか言われちまった!」
「仕事しろ馬鹿野郎!!」
万事休す。
棍棒が振り下ろされる。
物理的に考えて、レオンはミンチになる。
だが、俺は知っている。
この世界は『アニメ』だ。
アニメには、物理法則よりも優先される『絶対のルール』がある。
「……これを使うしかないか」
俺はコンソールを開き、緊急コマンドを入力した。
「【カットイン割り込み】!
強制イベント発生! 『悲しき過去(回想シーン)』挿入!」
――キィン!
世界の色が、一瞬でセピア色に反転した。
振り下ろされようとしていたオークの棍棒が、レオンの鼻先5センチでピタリと静止する。
時が止まったのだ。
「えっ……? 止まった……?」
エリスが目を見開く。
「これが『回想シーンの法則』だ。
主要キャラが過去を思い出している間、敵は攻撃を待たなきゃいけない。
たとえ戦闘中だろうが、尺が5分あろうが、敵は空気を読んで待機する!」
「な、なによそのご都合主義!」
「うるさい! 今はこれで時間を稼ぐんだ!
レオン! 今お前の脳内に『捏造した過去』を流し込むぞ!」
俺は即席で作った映像データを再生した。
***
――画面(視界)がボヤける。
どこかの寂れた村(※フリー素材の背景)。
幼い頃のレオン(※現在のモデルを縮小しただけ)が、泥だらけで立っている。
『強くなりたい……。僕は、強くなりたいんだ……』
俺のアフレコ(ショタ声)が響く。
『大切なものを……守るために!』
幼いレオンが木刀を振る。
雨の日も、風の日も。(※天候エフェクトを変えてループ再生)。
『君との……約束だから!』
画面の端に、謎の美少女(※シルヴィアの髪色を変えただけの使い回し)が微笑んでいる。
『レオンくん、頑張って』
……ペラッペラだ。
制作時間3分の、あまりにも薄い回想シーン。
『なんだこの茶番』
『回想入ったww』
『死亡フラグか?』
『美少女の作画、使い回しで草』
コメント欄も呆れている。
だが、効果はあった。
この『回想』が流れている30秒間、世界は停止し続けている。
「よし、今のうちに体勢を整えるぞ!
シルヴィア、詠唱開始!
カノン、アンチは無視して『覚醒BGM』を準備!
レオン、回想明けと同時にカウンターだ!」
「わ、分かった! なんか僕、本当に悲しい過去があった気がしてきた……!」
レオンが単純で助かった。捏造された記憶に感化され、彼の瞳に力が戻る。
俺はコンソールのエンターキーを叩いた。
「回想終了! 現実に戻るぞ!」
――パリン!
セピア色の世界が砕け散り、色彩が戻る。
止まっていた時間が動き出す。
オークジェネラルの棍棒が振り下ろされる――が、遅い!
「うおおおおお! 僕は……負けないぃぃぃ!!」
レオンが叫ぶ。
回想バフ(攻撃力1.5倍)が乗った聖剣が、オークの棍棒を受け止める。
ガギィィィン!!
火花が散る。
「カノン、曲だ!」
「おうよ! 『逆転のファンファーレ(ロックVer)』!」
ジャジャジャジャーン!!
激しいギターリフが鳴り響く。
「シルヴィア、魔法!」
「はいっ! 足元への『アイスバーン』!」
シルヴィアが杖を振る。
オークの足元の地面が凍りつく。
巨体がツルッと滑り、バランスを崩した。
「今だレオン! 必殺技バンク(使い回し)だ!」
俺は第2話で作った『極太レーザー』のデータを、そのままレオンの剣にコピペした。
「エターナル・フォース・ブリザード(仮)ぉぉぉ!!」
レオンが剣を振り下ろす。
画面を埋め尽くす光の奔流。
オークジェネラルは断末魔を上げる暇もなく、光の中に消えていった。
***
――【CLEAR】。
静寂が戻った平原。
俺たちは肩で息をしながら、ハイタッチを交わした。
『まさかの回想ハメww』
『システムを悪用すなw』
『勝てばよかろうなのだ』
『テンポ良くて草』
コメント欄も盛り上がっている。
どうやら「お約束を逆手に取った戦法」は、神々(視聴者)にもウケたらしい。
「ふふん、見たか! これが演出の力よ!」
エリスがドヤ顔で胸を張る。お前は何もしてないけどな。
「……でもアルト、これ毎回やるの?」
「無理だ。回想シーンの乱用は『尺稼ぎ』『マンネリ』と言われて、視聴者が離れる諸刃の剣だ。ここぞという時しか使えない」
俺は冷や汗を拭った。
手札を一枚切ってしまった。次はどうする。
不安になる俺の視界に、次回の予告テロップが流れてきた。
【次回 第5話:戦士の休息(日常回)】
「……日常回? よかった、次はバトルなしか」
俺はホッと胸を撫で下ろした。
だが、そのテロップの下に、俺(管理者)にしか見えない小さな警告ウィンドウが出ていたことに、俺は気づいていなかった。
【SYSTEM WARNING:一部の視聴者(古参)の満足度が低下しています】
【予測:次回、荒れ模様】
「……ん? なんか文字化けしてるな。まあいいか」
その油断が、命取りになるとも知らずに。




