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第2話 コメント欄の神々は、ツッコミ待ちである


「……夢であってくれ」


 翌朝。

 鳥のさえずり(SE:Bird_Morning.wav)で目を覚ました俺は、祈るような気持ちで空を見上げた。


 昨日の出来事は全て悪夢だ。

 俺はただの農家で、低ポリゴンのキャベツを育てる平和なNPCだ。

 そうに決まっている。


 だが、現実は非情だった。

 突き抜けるような青空には、昨日はなかった巨大な『半透明の枠』がデカデカと浮かんでいた。


【次回予告:第2話『伝説の始まり(予定)』 放送まであと3時間】

【待機所コメント数:152件】


「放送枠、取られてるぅぅぅ……」


 俺は地面に膝をついた。

 しかも『放送まであと3時間』ってなんだ。納品まだしてないぞ。完パケてないぞ。

 この業界特有の「放送当日の朝に納品」というデスマーチ進行まで再現されているのか。


「おはよう、私の『制作パートナー』!」


 絶望する俺の背後から、やたらと元気な声がかかった。

 振り返ると、エリスが腕組みをして仁王立ちしている。

 今日の彼女は、昨日とは違う衣装を着ていた。露出度がやたら高い、いわゆる「ビキニアーマー」だ。ただし、テクスチャの解像度が低いせいで、肌の質感がのっぺりしている。


「どうよこの新衣装! 課金アイテム(王家の財産)を叩いてスキンを変えてみたわ! これなら視聴者も食いつくでしょ?」

「……朝っぱらから何やってんだお前は。あと解像度が足りてないぞ」

「うるさいわね! そんなことよりプロットよプロット! 第2話の構成会議を始めるわよ!」


 エリスは俺の小屋の壁に、汚い字で書かれた羊皮紙を貼り付けた。


【第2話】

1. 主人公(私)、すごい魔法で敵を倒す。

2. モブたちに崇められる。

3. 視聴率爆上がり。


「……中学生の黒歴史ノートか?」

「なっ!? 王道よ王道! 昨日のコメント見たでしょ? 『主人公TUEEEが見たい』って!」

「それは『過程』があってこそだろ。いきなりTUEEEしても『なろう系乙』って書かれて終わりだ」


 俺はため息をつきながら、空のコメント欄(待機所)を指差した。


『2話で失速しそう』

『昨日の神作画はまぐれだろ』

『どうせテンプレ展開』


「見ろ、視聴者様(神々)は既に腕組みしてハードルを上げてるぞ。この状態でそのペラペラな脚本をお出ししたらどうなると思う?」

「ど、どうなるの?」

「『期待外れ』『解散』のコメント弾幕で、開始5分で打ち切りライン(デッドライン)が降ってきてサヨウナラだ」


 エリスの顔色がサッと青ざめる。

 昨日の恐怖を思い出したらしい。


「じ、じゃあどうすればいいのよ!? 予算マナもないし、キャストも私とあなたしかいないし!」

「……今の俺たちにある武器は『低予算』だけだ」

「は?」

「逆手に取るんだよ。金がないなら、金がないなりに知恵を絞る。それがインディーズの戦い方だ」


 俺は鍬を置き、覚悟を決めた。

 また、あのヒリヒリする現場に戻るのか。


「行くぞエリス。ロケハンだ。近場に『洞窟』の素材は転がってないか?」



 村から徒歩十分。

 俺たちは「村の裏山」にある洞窟の前に来ていた。

 洞窟と言っても、岩のオブジェクトを適当に組み合わせただけの、隙間だらけの穴だ。


「よし、ここで『ゴブリン退治』をやる」

「ゴブリン? 地味じゃない? もっとドラゴンとか魔王とか……」

「予算を見ろ」


 俺は空のUIを表示させた。

 【現在の制作予算:残り750ジェニー】


「ドラゴン一匹の出演料レンダリングコストが5000ジェニーだ。今の俺たちじゃ、ゴブリン三匹呼ぶのが限界なんだよ」

「世知辛い……!」


 俺は空間操作コンソールを開き、ライブラリから敵キャラを呼び出した。


「スポーン! 『ゴブリンA』『ゴブリンB』『ゴブリンC』!」


 ボボボンッ、という間の抜けた音と共に、緑色の小鬼が三匹現れた。

 しかし――


「……何これ」


 エリスが顔を引きつらせる。

 現れたゴブリンたちは、両手を真横に広げた「T字のポーズ(Tポーズ)」のまま、微動だにしなかったのだ。

 しかも、足が地面から3センチほど浮いている。


「ああ、安いフリー素材アセットを使ったからな。モーションデータが入ってないんだ」

「動かない敵とどうやって戦うのよ!?」

「そこを演出カメラワークで誤魔化すのが俺の仕事だ! 本番用意! 放送開始まであと5分!」


 空のカウントダウンが進む。

 待機所の視聴者数が、徐々に増え始めている。

 俺は冷や汗を拭いながら、エリスに指示を飛ばした。


「いいかエリス。お前はカメラに向かって、ひたすら『キメ顔』で必殺技名を叫べ。

 敵が動かない分、カット割り(編集)でスピード感を出す!」


「よ、よく分からないけどやるわ! 私は総監督兼、主演女優だもの!」

「その意気だ。……来るぞ、放送開始オンエア!」


 空の文字が【ON AIR】に変わる。

 世界中にBGMが流れ始めた。


 ――本番開始。


 画面(視界)には、薄暗い洞窟が映っている。

 BGMは、緊張感のあるドラムロール。


『はじまた』

『2話待機』

『また低予算かよw』


 コメントが流れ始める。

 俺は岩陰に隠れながら、手元のコンソールで「カメラ切り替え」を連打した。


 ――カット1:エリスの顔アップ。

 エリス「出たわね、醜悪な魔物たち!」


 ――カット2:ゴブリンのアップ(Tポーズ)。

 ゴブリン「…………」


 ――カット3:エリスの剣のアップ。

 エリス「この剣の錆にしてくれる!」


『敵、微動だにせずww』

『Tポーズで草』

『作画崩壊以前の問題だろこれ』


 マズい。視聴者が「動かないこと」に気づき始めている。

 俺は即座に指示を出した。


「エリス! 動くな! 『止め絵』で会話して時間を稼げ!」

「えっ!? 戦わないの!?」

「動かすとボロが出る! ゴブリンと睨み合ってる雰囲気を出して、モノローグで心理戦をしろ!」


 エリスはぎこちなく頷き、剣を構えたまま静止した。

 そして心のモノローグで喋り始める。


(くっ……こいつら、隙がない……! まるで彫像のように動かない……!)


『そりゃモーションがないからな』

『メタいw』

『動けよ』


 視聴率グラフが横ばいから、わずかに下降線をたどり始める。

 やはり、動かない戦闘シーンは限界がある。

 空の上から、うっすらと『赤い線』が滲み出てきた。


「くっ……! アルト! やっぱり戦わないと持たないわ!」

「待て! 予算が……!」


 エリスが暴走した。

 彼女はTポーズのゴブリンに向かって突撃する。


「うおおおお! 喰らえぇぇぇ!!」


 エリスが剣を振るう。

 だが、ゴブリンには「やられモーション」も設定されていない。

 剣がゴブリンの体をすり抜け、ポリゴンが重なって点滅するバグ映像グリッチが発生してしまった。


『バグったwww』

『当たり判定仕事しろ』

『あーあ』


 ――視聴率急落。

 ズズズン……!

 空の『赤い線』が一気に降下してくる。

 洞窟の入り口付近が『白い虚無』に飲み込まれ、岩が消失した。


「ひぃぃ!? や、やっぱり打ち切りラインが来たぁぁ!」


 エリスが涙目で逃げ惑う。

 その無様な姿を見て、コメント欄が加速する。


『グダグダすぎ』

『ヒロイン可愛いけど脚本がゴミ』

『見る価値なし』

『切る』


 終わる。

 このままじゃ、第2話Aパートで世界が終わる。


 俺の中で、何かがプツンと切れた。


「……ふざけんな」


 俺は木陰から飛び出し、戦場セットの真ん中に躍り出た。

 そして、視聴者(空)に向かって指を突きつけた。


「ふざけんなああああああ!!」


 突然のモブ(俺)の乱入に、エリスが目を丸くする。


「ア、アルト!?」

「おい神様(視聴者)ども! 『動け』だの『エフェクトがない』だの好き勝手言いやがって!

 こちとら予算750ジェニーなんだよ!!

 うまい棒75本分で、どうやってゴブリンを動かせってんだ!!」


 俺の魂の叫びが洞窟に響く。

 空のコメントが一瞬止まる。


「お前らがタダで見ているこの1カットに、どれだけの労力がかかってるか知ってんのか!?

 ゴブリンのモデルを作るのに3日! エリスの衣装の揺れを計算するのに2日!

 それを『作画崩壊』の一言で片付けやがって!!

 文句があるならスパチャ(予算)を寄越せ!! 金があればドラゴンだってタップダンスさせてやるよ!!」


 静寂。

 エリスがポカンと口を開けている。

 放送事故だ。完全に主人公が視聴者に喧嘩を売っている。


 だが、次の瞬間。

 空のコメントが爆発した。


『wwwwwwwww』

『逆ギレしてて草』

『制作側の本音が出たwww』

『ガチの悲鳴でワロタ』

『確かに750ジェニーじゃ無理だわww』


 ――ピロン♪

 空から金色の光が降り注いだ。


【システム:神々から投げスパチャが届きました】

【+1,000ジェニー】

【+500ジェニー】

【+10,000ジェニー『もっと吠えろ』】


「は……?」


 予算カウンターの数字が、凄まじい勢いで増えていく。

 750だった残高が、一瞬で20,000を超えた。


「えっ、えっ? お金が……増えてる?」


 エリスが空を見上げて呆然としている。

 俺は震える手でコンソールを操作した。


「……買いだ。アセットストアで、一番高い『必殺技エフェクト』を買う!」


 購入ボタンを叩く。

 

「エリス! 今だ! もう一回剣を振れ!」

「わ、分かったわ! いっけぇぇぇぇ!!」


 エリスが剣を振るう。

 今度は違う。

 剣先から、画面を埋め尽くすほどの極太レーザー(4K画質)がほとばしった。


 ズガガガガガガガガーン!!


 Tポーズのゴブリンたちが、無駄に高画質な爆発の中に消えていく。

 洞窟そのものまで吹き飛び、山肌が抉れた。


『やりすぎwwww』

『作画の温度差ww』

『金で解決したwww』


 ――【CLEAR】。

 ファンファーレが鳴り響く。

 空の『赤い線』は、遥か彼方へと上昇していった。


「はぁ……はぁ……」


 俺はその場に座り込んだ。

 喉が痛い。叫びすぎた。


「すごい……すごいわアルト!」


 すすだらけになったエリスが駆け寄ってくる。


「まさか『視聴者に喧嘩を売って金を巻き上げる』なんて斬新な演出、思いつかなかったわ! これが炎上商法ってやつね!」

「違う。ただの愚痴だ……」


 だが、結果として世界は救われた。

 空には【次回、第3話へ続く】の文字。

 そしてコメント欄には。


『この制作進行、推せる』

『来週も愚痴りを見に来るわ』

『社畜乙』


「……勘弁してくれ」


 俺は遠い目をした。

 どうやら俺はこの世界で、剣でも魔法でもなく、「制作現場の闇」を武器に戦うことになってしまったらしい。


「さあアルト! 予算が増えたわ! 次は仲間を集めましょう!

 音響担当とか、エフェクト担当とか!」

「ああ、そうだな……。このブラック現場に耐えられる奴がいれば、だがな……」


 俺の胃痛は、まだ始まったばかりだった。

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