第12話(最終回) さよならエンタメ対策局 ―放送終了の向こう側―
「お……の……れ……」
動けない。
魔王ハイ・クオリティが放つ圧倒的な情報量(ポリゴン数)の前に、俺たちの体はコマ送りのようにカクついていた。
「ククク……。どうした? FPSが出ていないぞ?
私の美しき『4Kテクスチャ』と『リアルタイム・レイトレーシング』の負荷に耐えられんか」
魔王が優雅に手を振る。
それだけで、きらびやかな光の粒子が数億個ほど舞い散り、俺の視界がフリーズ寸前になる。
『重い重い重い』
『画質落とせ』
『PCのファンが唸ってる』
『回線切れるww』
コメント欄も阿鼻叫喚だ。
このままでは、物理的な攻撃を食らう前に、処理落ちでサーバーがダウンする。
それが『番組終了』だ。
「くそっ……! こんな高スペック野郎に、どうやって勝てば……!」
エリスが悲鳴を上げる。
俺はガクガクする視界の中で、必死に思考を巡らせた。
奴の強みは「重さ」だ。
だったら、俺たちの武器はなんだ?
……そうだ。
俺たちは「低予算」だ。
金がないから、絵を削り、動きを抜き、誤魔化して生きてきた。
つまり――俺たちは、誰よりも『軽い』!
「総員、聞け!!」
俺はラグに負けじと叫んだ。
「勝負は『軽さ(スピード)』だ!
奴をこちらの土俵(低画質)に引きずり込む!
プライドを捨てろ! 画質を捨てろ!
全力で『手抜き』をするんだ!!」
「て、手抜きぃ!?」
「そうだ! カノン、音質を下げろ! 8ビットだ!
シルヴィア、背景を消せ! 単色ベタ塗りでいい!
レオン、線画になれ!」
「わ、分かった! やってやるぜェェ!」
カノンがリュートの設定を弄る。
重厚なオーケストラ音源が、ファミコンのような電子音(ピコピコ音)に変わる。
*ピロリロリ~♪(8ビット版・戦闘BGM)*
「なっ!? なんだこの安っぽい音は!?」
魔王が耳を塞ぐ。
同時に、シルヴィアが杖を振るう。
「背景レイヤー、非表示!」
バシュン!
魔王城の豪華な装飾、シャンデリア、絨毯が一瞬で消滅。
世界が「ただの青一色」になった。
「ば、馬鹿な! 私の美しい城が! これでは合成素材ではないか!」
背景が消えたことで、描画負荷が一気に下がる。
俺たちの体が軽くなる。
「レオン、今だ! 『ラフ画モード』になれ!」
「うおおおおお!」
レオンが気合を入れると、彼の体がポリゴンから「鉛筆書きの線画」に変化した。
色は白黒。影もなし。
データ容量、わずか数キロバイト!
「は、速い!? 残像が見えるぞ!?」
線画になったレオンが、超高速で魔王に肉薄する。
魔王が迎撃しようと「超高画質エフェクト」を放つが、重すぎて発動が遅い。
「遅いぞ高画質!
こっちは中割りを抜いてるからな! ワープ移動だ!」
ズバッ!
レオンの剣(線画)が、魔王の鎧(4K)を切り裂く。
「ぐあああああ! 私の最高級テクスチャがあああ!!」
魔王の鎧にノイズが走る。
俺はここぞとばかりに、コンソールで追撃コマンドを叩き込んだ。
「食らえ、制作進行の最終奥義!
【強制・解像度変更】!!」
俺は魔王のレンダリング設定を書き換えた。
『最高品質』から『最低設定』へ。
『アンチエイリアス』オフ。
『影描画』なし。
ブォン……。
「な……私の体が……!?」
魔王の美貌が崩れる。
滑らかだった肌が角ばり、指先が融合し、イケメンだった顔が「へのへのもへじ」のようなローポリゴンに劣化していく。
「や、やめろ! 私はハイ・クオリティだぞ!
こんな……こんなガラケー時代のアプリみたいな姿は嫌だぁぁぁ!!」
「残念だったな。今のトレンドは『レトロ(ドット絵)』だ!
みんな! とどめだ! 全部乗せで行くぞ!」
俺の合図で、全員が技を放つ。
カノンの8ビット音波。
シルヴィアの書き殴り魔法。
レオンの線画斬撃。
そしてエリスの――
「ええい! よく分からないけど『打ち切りパンチ』よ!」
エリスが放った拳には、視聴者からのコメント文字が物理的に纏わりついていた。
『がんばれ』『いけぇぇ』『神回』『wwww』
数万のコメントの塊が、魔王のドテッ腹に突き刺さる。
「ぐ、ぐわあああああ!!
低予算がぁぁぁ……質を……凌駕するのかぁぁぁ……!!」
ドゴォォォォン!!
魔王の体がブロックのように崩れ落ち、爆散した。
その爆発エフェクトすらも、チープな『文字(BOMB!)』だけという徹底ぶりだった。
***
――【GAME CLEAR】。
魔王が消滅し、青一色の空間に静寂が戻った。
俺たちは元の姿(低予算ポリゴン)に戻り、息を切らしていた。
「か、勝った……のか?」
「ええ。勝ったわ……私たちが!」
エリスが俺に抱きつく。
レオンとカノンが拳を突き合わせ、シルヴィアがへたり込んで泣いている。
空を見上げると、あの恐ろしい『赤い線』は完全に消えていた。
視聴率グラフは、天井を突き破って測定不能になっている。
『88888888』
『神アニメだった』
『最後の手抜き演出クッソワロタ』
『感動をありがとう』
『2期待機』
無数のコメントが、桜吹雪のように舞い落ちてくる。
それは今まで見た中で、一番綺麗なエフェクトだった。
「……終わったな」
俺は呟いた。
魔王は倒した。視聴率も取った。
これで「打ち切り」は回避された。
つまり、この番組は……。
その時、空に巨大なエンドロールが流れ始めた。
スタッフロールには、俺たちの名前と、無数の『協力:視聴者の皆様』の文字。
そして、最後に表示されたテロップは――
**【ご視聴ありがとうございました】**
**【制作決定:TVアニメ第2期 & 劇場版】**
「……は?」
俺は固まった。
エリスが目を輝かせる。
「やったぁぁぁ! 2期よアルト! しかも劇場版!?
次はもっと予算が増えるわよ! 宇宙に行きましょう宇宙に!」
「ふ、ふざけるな……!
俺は……俺はスローライフがしたいんだ……!
キャベツを育てたいんだ……!」
だが、システムウィンドウが俺の前に無慈悲なスケジュール表を表示する。
『2期 企画会議』『劇場版 ロケハン』『グッズ監修』……。
俺の悲鳴は、カノンの勝利のファンファーレにかき消された。
「畜生ォォォォォ!!
俺たちの自転車操業は、これからだぁぁぁぁぁ!!」
――カメラが引き、夕日に向かって叫ぶ俺たちの姿でフェードアウト。
右下に手書きの文字で。
**【完(?)】**
***
……こうして、元・社畜制作進行の異世界奮闘記は幕を閉じた。
世界は救われたが、彼の胃痛が治る日は、当分来そうにない。




