第10話:日常編:デッドライン上の綱渡り
「……下がってる」
とある晴れた日の午後。
俺は空に浮かぶ『視聴率グラフ』を凝視して、冷や汗を流していた。
現在の視聴率:12%(下降トレンド)
コメント流速:3コメ/分(過疎)
「マズい……。このままじゃ『打ち切りライン』に触れるぞ……!」
俺たちが戦っているのは魔物ではない。
『中だるみ』という名の魔物だ。
昨日の激しいバトル回(第8話)の反動で、今日の日常回(第9話)は視聴者の関心が薄れている。
「平和ね~」
エリスが茶を啜っている。
レオンは日向ぼっこ、シルヴィアはスケッチ、カノンはリュートの手入れ。
絵に描いたような平和な光景だ。
だが、動画的に見れば『撮れ高ゼロ』の地獄絵図だ。
『なんか今日つまらんな』
『落ちるわ』
『動きなさすぎて草』
『寝る』
コメントが辛辣だ!
リアルタイム接続数がガクンと減る。空の赤い線が急降下してくる。
「くっ……! 日常回をナメてた!
『ただの日常』を垂れ流して許されるのは、国民的アニメだけだ!
俺たちみたいな弱小アニメは、食事シーンひとつでもエンタメにしなきゃ死ぬんだよ!」
俺はコンソールを叩いた。
強制介入だ。この退屈な時間を『神回』に変える!
「作戦開始! まずは『食事シーン』だ!
エリス! サンドイッチを出せ!」
「えっ? はい(モグモグ)」
エリスが普通のサンドイッチを食べる。
俺はそこに、全予算を突っ込んだ『飯テロフィルター』をかけた。
――カッ!!
パンが黄金色に輝き、レタスからは瑞々しい水滴が弾け、ベーコンからは高解像度の湯気が立ち上る。
SE(効果音)追加!
『パリッ! シャキッ! ジュワァァ……』
「(アフレコ)
……う、美味すぎる! なんだこの芳醇な香りは!
口の中で小麦の精霊が踊っているわ!」
俺が裏声(女声)で絶叫アフレコを入れる。
「ちょっ、私そんなこと思ってな……んぐぐ!?」
エリスが驚いている隙に、カメラを寄せる。
頬を赤らめ、恍惚の表情で咀嚼するエリス(※演技指導なし、ただのパニック)。
『うまそうwww』
『作画コストそこにかけるなw』
『急にグルメアニメになった』
『飯テロやめろ』
よし、グラフが微増!
だがまだ足りない。次は『入浴シーン』だ!
「シルヴィア! 近くの小川で水を浴びろ!
サービス回だ!」
「ええっ!? こ、ここでですか!?」
「視聴者は退屈してるんだ! 肌色成分で引き止めろ!」
シルヴィアが渋々、服を脱いで川に入る。
だが、普通に撮ればただの盗撮だ。放送倫理コードに引っかかる。
俺は『謎の光』と『湯気』を絶妙なバランスで配置した。
「カノン! BGM! ちょっとエッチなやつだ!」
「あいよ! 『秘密の情事』!」
ムーディーな曲が流れる中、シルヴィアが水を浴びる。
その時、彼女の不運スキルが発動した。
「あっ、石鹸が……!」
ツルッ。
シルヴィアが足を滑らせ、宙を舞う。
バシャーン!!
豪快に水面にダイブし、その拍子に小川にいた魚(巨大な鯉)が跳ね上がり、シルヴィアの胸元に飛び込んだ。
「ひゃあああ! 魚さんが! 魚さんが暴れてますぅぅぅ!」
『神 展 開』
『魚になりたい』
『ラッキースケベの天才かよ』
『録画した』
視聴率、急上昇!
よし、これで「エロ」と「食」はクリアした。
最後は「感動」だ!
「レオン! 夕日に向かって黄昏れろ!
これまでの旅を振り返って、なんかいいことを言え!」
俺の無茶振りに、レオンが慌てる。
「い、いいこと!? えーっと……
……あのアニメの続き、気になるなぁ……」
「カットォォォ!! なんだその台無しなセリフは!
俺がアフレコするから口パクだけ合わせろ!」
俺は夕日を背にしたレオンの口に、セリフを被せた。
「(アフレコ)
……嵐の前の静けさ、か。
だが、俺たちは逃げない。この世界を守るまで……」
カメラをパンして、全員の顔を映す。
エリス(満腹)、シルヴィア(濡れ透け)、カノン(ドヤ顔)、レオン(キメ顔)。
バラバラだが、不思議と「パーティ」に見える。
『なんか最終回前みたいで草』
『いい日常回だった』
『フラグ立てて終わったな』
――【放送終了】。
ふぅ……。
俺は地面にへたり込んだ。
激しいバトル回よりも疲れた。何もないところから「間」を持たせるのが、こんなに大変だとは。
「なんとか『打ち切り』は回避したわね……」
「ああ。だが、本当の地獄はここからだ」
俺は空を見上げた。
今までの「日常回」は、あくまで嵐の前の静けさ。
物語の構成(シリーズ構成)的に、次は必ずデカい山場が来る。
その予感に応えるように、空の色が赤黒く変色した。
不協和音のような通知音が響き渡る。
**ズズズズズ……!**
巨大なウィンドウが、空を覆い尽くした。
【特報:最終章突入】
【次回 第10話:魔王城出現! ラスボスは納期と共にやってくる】
「……来たか」
俺たちは立ち上がった。
魔王。
それはRPGにおける最終目標であり、アニメにおける最終回の象徴。
そして何より――俺たち制作スタッフにとっては、『全ての予算と労力を吸い尽くすブラックホール』の出現を意味していた。
「総員、配置につけ!
これより『最終決戦』を開始する!!」




