公爵令嬢は婿探しに苦戦する
きらめくシャンデリアと流麗な調べ。着飾った紳士淑女がクリスタルのグラスを片手にあちこちで談笑し、ホールはさざめくようなざわめきで満ちています。
華やかなその雰囲気とは裏腹に、私の心はどんよりと重く、早くこの時間が過ぎてしまわないかと、ため息ばかりがこぼれてきます。
王家主催の今宵のパーティは、第二王子のやらかしで婚約解消になり、未だ婿が決まっていない私のための罪滅ぼしとして、陛下が開催したもの。この国の筆頭公爵家であるベルサージュ家の跡取り娘に、王家の瑕疵で縁談が決まらないということになったら、多額の賠償が発生するらしいので、それを懸念してのことです。
まあ私から見ると、ただ単に、陛下が幼い頃から苦手だった5歳年上の従兄(私の父)が怖いからだけのように思えますけれど。
そのようなわけで、表向きは王家主催の大規模なパーティなのですが、今回は私の婚約者候補を見つけるため、この国だけでなく、他国からも年頃と家柄の釣り合いそうな男性が多く招待されたのです。
はあ⋯⋯面倒くさい。
私とて、公爵家の跡取り娘ですから、結婚に大層な夢を持っているわけではございません。ですが、先の婚約を解消してから、まだ半年が過ぎたばかり。もう少しこの自由を満喫していたいと思ってしまうのです。
「君がアデリン嬢かな?」
そんな時、背後から声をかけられました。
本日は貴族の集まり。自分から名乗りもせずに、後ろから声をかけるなんて、貴族にあるまじき振る舞いです。
私はゆっくり振り返り、その声の主を確認いたしました。
金の刺繍やアグレットで飾られた黒の軍服風のジャケットを着た、体格の良い男性。存じておりますわ。釣書にありましたから。
北の隣国ダンソン国の侯爵子息、オリサム・エライス様です。ダンソン国は、男性至上主義の文化があるので、我が国に婿養子に来るなどというのは、かの国の男性には心情的にも難しいと思い、候補からは外しておりましたのに。
「アデリン・ベルサージュでございます」
仕方なくご挨拶いたします。
「オリサム・エライスだ。ふむ、なかなかの見目だな。問題ない。俺がベルサージュ公爵となったら、第一夫人としての地位は約束しよう」
あらまあ。盛大な勘違いをなさっておられます。さて、どうしたものでしょう。
この国の襲爵で最も重んじられるのは直系であることであり、性別ではありません。ですから、公爵を継ぐのは嫡子である私。伴侶は単なる婿養子なのですけれど。この手の男性に真っ向から対処するのは、いささか骨が折れる気がいたします。
そんなことを思いながら、密かに周囲を見渡しますと、とある人物とバッチリ目が合いました。
私の大切なお友だち、アリア・テオドール伯爵令嬢です。
普段からご自身の容姿を地味だとおっしゃっているアリア様ですが、今宵は彼女を溺愛する婚約者サルーシャ・ミストレイク侯爵令息の髪色に合わせた青みがかったシルバーのシルク地に、やはりサルーシャ様の瞳と同じ深い青の刺繍が施されたドレスに身を包み、息を呑むほど可憐です。落ち着いた栗色の髪には、雪の結晶を模った小さな髪飾りがいくつも散りばめられ、まるで冬の湖の妖精のよう。
ドレスの色使いは、言うまでもなくサルーシャ様の図らいでしょう。これでもかというほどのサルーシャ様の独占欲があふれているのが見て取れて、驚きを通り越して少々呆れましたが。
当のサルーシャ様は、初老の紳士に捕まっており、忙しそう。手持ち無沙汰のようだったアリア様は、私と目が合うと花が綻ぶように笑顔を浮かべました。
「アデリン様!」
「アリア様、ご機嫌よう」
「あら、お話し中でしたか? 失礼してしまいましたらごめんなさい」
「いえいえ、大丈夫ですわ。
エライス様、こちら、私の大切な友人のアリア・テオドール伯爵令嬢でいらっしゃいます」
「ふむ、なかなか愛らしいな。俺が公爵になったら第二夫人にしてやってもいいぞ」
「お初にお目にかかります。アリア・テオドールと申します。
そのお衣装、エライス様はダンソン国の公爵令息でいらっしゃるのですね」
アリア様、理解不能な言葉は頭に残らなかったようで、完全スルーです。
「いかにも、栄えあるダンソン国の貴族だが、公爵となるのはこの国でのことだ。そこのアデリン嬢の公爵家を継ぐのだからな」
「??? アデリン様? ご婚約を?」
目を白黒させていらっしゃいます。スルーできなかったけれど、理解不能のようですわね。
「いいえ、私はまだどなたとも婚約しておりませんわ」
「俺がお前でも構わないと言っているのだから、もう婚約は決まったようなものだ」
「ダンソン国⋯⋯。これが異文化というものなのですね。驚きました」
おお、今度はいろいろと腑に落ちたご様子。脳が高速回転しましたわね。見事です。
「ええ、アリア様。私も同じ気持ちですわ」
「⋯⋯あ、わたくし、ひらめきましたわ! 異文化は違うからこそ学ぶべきところも多いと聞きますもの」
アリア様はそうおっしゃると、近くでウェイターからグラスを受け取っている長身の美女にお声をかけました。
「サラコナ様!」
「おや、アリア」
「わたくしのお友だちをご紹介いたしますわ。ベルサージュ公爵令嬢、アデリン様です。
そして、こちらは今お会いしたばかりなのですが、ダンソン国のエライス様です。
アデリン様、エライス様、こちらはジョーソン国第五王女のサラコナ・ジョーソン殿下でいらっしゃいます」
豊かな赤い髪に褐色の肌、グラマラスでありながら、しなやかな筋肉の付いた見事な肢体を、なめらかな金色のドレスに包んだその姿は、勝利の女神を思わせます。
ジョーソン国は古くから女王が統べる国として知られています。それも、女性のみが精霊術を扱えるという特殊性からとのこと。精霊術とはジョーソン国に伝わる秘術で、魔法とは異なり、身体能力に作用するものらしく、特に王族は抜きん出た強さを誇っているそうです。
つまり、ダンソン国とは対照的な女性上位のお国柄なのです。
アリア様は、エライス様とサラコナ王女を引き合わせて、異文化交流を図ったというわけですわね。アリア様のことですから、「違う価値観に触れるのは良いこと!」と単に思っただけなのでしょう。しかし、アリア様ったら、いつの間にサラコナ王女とお知り合いになったのやら。
アリア様は、いわゆる天然なのですが、その天然ゆえのやらかしは、なぜか人を救ったり幸せにしたりするのです。これまでもアリア様に助けられた人は数知れず。何を隠そう、この私もそのひとりです。
彼女のおかげで、頭お花畑の第二王子と無事に婚約解消できたのですから。
「お目にかかれて光栄です。サラコナ王女殿下。アデリン・ベルサージュと申します。以後お見知りおきを」
「美しいアデリン嬢、私は堅苦しいのは苦手でね。気安く接してもらえるとありがたい。
そちらは、エライス殿だったかな? ダンソン国か。ふむ、実にいい」
サラコナ王女は、そうおっしゃると、エライス様を上から下まで値踏みするようにじっくりと眺めました。
「ジ、ジョーソンだと⋯⋯、う」
「ははは、そう怖がるな。我が国と貴国は真逆の文化だが、国同士は友好関係を結んでいるじゃないか。
で、貴殿はなぜ、ダンソンからわざわざこのパーティに?」
「お、俺がこの国の公爵になるためだ」
サラコナ王女は少し驚いたお顔をされて、私とアリア様の顔を順番に見ました。私とアリア様は、揃って首を横にフルフル。
「なるほど、大体は理解した。
エライス殿。私は、そなたが気に入ったぞ。しっかりした体躯もよい。なにより、そのきかん気の強そうな顔。私の第四夫に召し上げてやろう」
「な、な、な! いや、俺はこのアデリン嬢と⋯⋯」
「まだ婚約すらしていないのだろう? なに、案ずることはない。貴国の外務大臣とは懇意にしている。私の希望だから、すべての手続きは、もう通ったようなものだ。
いや、良い出会いであった! 我が国で、ダンソンの男子は人気が高いのだよ。実に調きょ、いや、文化の教えがいがあるのでな!」
「素晴らしいですわ! サラコナ王女殿下から求婚されるなど、なんという誉れ。心からお祝いいたしますわ!」
アリア様がキラキラとした笑顔で祝福いたします。もちろん、ここぞとばかりに私も乗っかります。
「本当ですわ! エライス様が王族に! おめでとうございます!」
「そうと決まれば、早速貴殿を私の家族に紹介しよう」
サラコナ王女殿下は、有無を言わせずエライス様を連れ去ります。
そして、去り際に私たちにウインクしつつ
「良い男をご紹介いただき感謝する。
これから楽しみだ。男はみな、潜在的にマゾだからな」
とおっしゃいました。
「アデリン様? “マゾ” とは何でしょう?」
「⋯⋯私にもわかりかねますが、おそらく淑女が気安く口にしてよい言葉ではないような気がいたします」
「そうなのですね?」
「でも、お知りになりたいなら、サルーシャ様にお聞きになるとよいですわ。そうですわね、聞き方は『サルーシャ様はマゾですの?』がよろしいかと」
「わかりましたわ。今度お聞きしてみます!」
「私も意味を学びたいので、お聞きになる時は私が同席している時にしてくださいましね?」
「もちろんですわ!」
「なにやら面白いお話をなさっていますね?」
「まあ、アンナ!」
アリア様の忠実な侍女のアンナが、背後からそっと声をかけてきました。アンナは護衛にも長けた万能完璧侍女で、今宵は城のメイドに扮し、パーティに潜入しているようです。
「アンナ、今日はアリア様の護衛なのですね? 精が出ますこと。侍女の鑑ですわね」
「恐縮です。本日は、サルーシャ様が老獪どもに捕まるであろうことが予測できましたので、お嬢様の護衛として機能しないと考え、私が潜入した次第です」
「アンナは過保護です。わたくしに、そうそう危険なことなど起こりませんのに」
「なにを寝ぼけたことをおっしゃいますやら。
よろしいですか。本日のお嬢様は、私とサルーシャ様が熟考と綿密な準備を重ねて仕上げた、愛と忠誠の賜物です。テーマは冬の森の清麗なる泉に舞い降りた雪の妖精。あまりの出来ばえに、うっかりサルーシャ様と手を取り合って喜んでしまったほどです。
このように可憐な妖精ですから、危険度が増すのは必至。私が護衛を務めなければ、気が気でなくなったサルーシャ様が何をしでかすかわかりません。いろんな意味で私に感謝してくださってよろしいのですよ」
「もう、アンナったら」
「それはそうと、お嬢様。先ほど面白そうなお話をなさってましたね。サルーシャ様に、なにか質問をされるとか。勉強のために、ぜひ私も同席させてください」
「もちろんだわ。アンナは相変わらず勉強熱心ね」
私はこっそりと、ささやくようにアンナに声をかけます。
「アンナ、やったわね」
「ふふふ。楽しみです。お嬢様から予想を超える質問を投げかけられ、テンパりながらも羞恥するサルーシャ様の情けないお姿を堪能できそうです」
「気がつけば、己のマゾが明らかになっている⋯⋯っていう、ね」
「アデリン様もお人が悪い。私たちのようなものを何と呼ぶかご存知ですか?」
「あら、マゾの意味も知らないのだから、知るわけないですわよね?」
「ふふふ」
「ほほほ」
「メイドと談笑か。この国の貴族はたかが知れてるな」
また背後から不躾な声が。
アンナは深々と頭を下げ、流れるような無駄のない動きでその場から外れます。
突然の尊大な声の登場に、アリア様も目を丸くしておられます。
声の主は、北西の小国ユイショアールの第四王子、イエガー・ラダケッス・ユイショアール様ですわね。これまた釣書にありました。
ユイショアールは、他国よりも古い歴史を持つ王室を誇りとしており、というか、それ以外に特徴のない国なのですけれど、プライドの高さだけは大国並み、というのが諸国の共通認識です。また面倒くさいのが現れましたわ⋯⋯。
「君がアデリン嬢かね。見目は悪くないな。このような国の、吹けば飛ぶような公爵家に、私の高貴な血が入るという幸運を喜ぶがいい。まあ、泣いて感謝すべきところとだけ言っておこう」
尊大過ぎて、ムッとする気持ちを通り越して、なんだか面白くなってきましたわ。
「わたくし、アリア・テオドールと申します。高貴なお方、きっと素晴らしいお国からいらしたのですね。もしや、ヒイヅール国の方でしょうか?」
来ましたわ! アリア様の無邪気な質問が!
ヒイヅール国というのは東の果てにある歴史ある王国で、その起源はユイショアールよりも千年以上古く、しかも、800万もの神々が民を守り、民と共存しているという御伽話のような国なのです。
自然が美しく、人々は謙虚といわれており、世界中の人が「一生に一度はヒイヅールに行ってみたい」というほどの、憧れの国。さて、ユイショアールの高貴な王子様はどう出るかしら。
「い、いや、私はユイショアールの第四王子、イエガー・ラダケッス・ユイショアールである」
「まあ! これは大変失礼いたしました! ユイショアールも歴史ある素晴らしい国ですわ。王子殿下にお目にかかれて光栄でございます」
アリア様は膝を折り、敬意を示しました。
「う、うむ」
「ヒイヅールの方もいらしていると聞いたもので、早とちりしてしまいました。どうかお許しくださいませ」
「おや、我が国の名が呼ばれたようですが⋯⋯?」
ふと聞こえた声の主を見ますと、濃紺の長い髪をひとつに束ね、深い紫のゆったりとした衣装に銀糸を織った帯を合わせたその姿は、紛れもなくヒイヅールの王子殿下です。
私たちは驚き、すぐさま最敬の礼を捧げるべく体勢を変えましたが、王子殿下の柔らかなお声がそれを制しました。
「ああ、よいのです。私が突然声をおかけする失礼をしたのですから。さあ、楽にしてください。
今宵の宴は堅苦しいものではないでしょう? 私も皆さんと過ごすのを楽しみにしていたのです。
申し遅れましたが、私はキキョウ・ヒイヅールと申します」
殿下はまったく気にするそぶりもなく、私たちよりも先に名乗られました。いましがたの誰かと違って、尊大さは微塵もなく、それでいて比類なき気品を備えていらっしゃいます。
「アデリン・ベルサージュと申します。キキョウ・ヒイヅール王子殿下」
「アリア・テオドールと申します。お目にかかれましたこと恐悦至極に存じます」
「ご丁寧にありがとうございます。でも、そんなにかしこまらないでください。気安くお話しいただけると私も嬉しいです」
「あの、殿下。寛大なお言葉に甘えて、失礼ながらお尋ねしてもよろしいでしょうか⋯⋯」
「もちろんです、アリア嬢」
「殿下の肩や頭にちょこんとされている、そのお可愛らしいものは⋯⋯」
そう、私も気になっておりました。殿下の肩には真っ白な小さいドラゴンのような生き物が、そして頭の上には銀色の丸々とした子犬が乗っているのです。
「やはり気になりますよね、こんなものを乗せていると。
実は、これらは我が国の神です。たまには海外旅行を楽しみたいと言って着いて来たのです。
こちらの龍は何万年も生きている古い神で、実際の大きさはこの城の数倍になります。頭にいるのは銀狼で、こちらも龍ほどではありませんが、建国以前からヒイヅールの地を守る神です」
「まあ、それは! 神様、ようこそおいでくださいました。この国を楽しんでいただけましたら幸いです。なにかお困りのことがありましたら、遠慮なくおっしゃってくださいませ」
「おお、そなたは良い娘だな、アデリン」
龍の神様に話しかけられ、私はびっくりするやら、畏れ多いやらで固まってしまいました。
「す、すごく、愛らしいです!」
アリア様が、興奮を抑えきれないという様子でおっしゃいました。
すると銀狼の神様がぴょんと飛んで、アリア様の腕の中に。
「そなたは、とても良い気を放っておるな。気に入ったぞ」
「わ、わたくし、ハートを撃ち抜かれましたわ!」
アリア様はそうおっしゃると、銀狼様のもふもふに顔をうずめてしまわれました。
じ、自由過ぎる。
心配になって殿下を窺いますと、嬉しそうに微笑んでいらっしゃいます。大丈夫⋯⋯なのですね。
その時、私はハッと思い出しました。そういえば、あのユイショアールの王子は⋯⋯? 知らないうちに、忽然と姿を消していたのです。
ぐるりとホールを見渡しますと、すごーく遠いところでこちらに背を向け、こそこそと自国の方と話していらっしゃるのが目に入りました。あの様子だと、もう二度とこちらには戻って来ませんわね。ヒイヅールの王子の前で、ユイショアール自慢はしづらいですもの。あー良かった。
「楽しいひと時をありがとうございました。美しいお嬢様方。
さて、私はこれからバララバータ国の方とのお約束があるので、失礼させていただきますね。では、良い夜を」
ヒイヅールの王子様は、どこまでも感じ良く、優雅に去って行かれました。
アリア様は、神様たちを名残惜しそうに見送っていらっしゃいました。
「君がアデリン嬢だよね〜? 美しい僕の隣に立たせるのは酷だろうかと思ったが、そこまでじゃないね。一般的にはキレイなほうなんじゃな〜い?」
なんでしょう。これはなにかの罰ゲーム? なぜ、こうも次々と変な輩が寄って来るのでしょう。突然名乗りもせず失礼な登場をしたら、ポイント10倍の特典でもあるのかしら。
不快さを隠すのに苦労しながら振り向くと、金の髪を撫で付け、バラ色の生地に宝石を散りばめた、目がチカチカするようなジュストコールを着た派手なお方がドヤ顔で立っておられました。
ミタメイノチン公国のビダンシーデ・ドヤァル公子です。釣書で⋯⋯以下略。さすがに疲れてまいりましたわ。
「アデリン・ベルサージュでございます」
「アリア・テオドールと申します」
「ふーん、君みたいな子リスっぽい娘も悪くないね〜。あ、まぶしい? ごめんね〜、美しすぎるよね〜」
「わかりますわ! 美の国、ミタメイノチン公国ですわね!」
アリア様が、クイズに回答してるみたいなことになってますわ。
「やっぱわかっちゃうよね〜。美しさは隠せないからね〜」
「ミタメイノチン公国といえば、ファッションから美容、アンチエイジング、肉体改造まで、美をとことん追求する文化とのこと。世界中の女性たちから注目されてますわ!」
アリア様が純粋に興味を示していらっしゃいます。
「ま、その通りだね〜。そんなミタメイノチンでも最高の美を誇るドヤァル大公家の公子たる僕だから、アデリン嬢を卑屈にさせちゃったらごめんね〜。でも、すご〜く自慢できるから、プラマイゼロだよね〜。あ、僕の美しい遺伝子を提供するんだし、これはプラスだ〜。おめでと〜」
アリア様が、キョトンを通り越してポカンとしていらっしゃいます。そりゃそうですわね。先ほど私、「どなたとも婚約していない」と申し上げましたから。
私が首を横に振りますと、アリア様は意を決したようにドヤァル公子に向き直り、すごく申し訳なさそうな表情でおっしゃいました。
「ドヤァル公子様、アデリン様はまだどなたともご婚約されていらっしゃらないとお聞きしておりますが⋯⋯」
「ふ、ははは! 子リスちゃん、面白いことを言うね! この僕が申し込んだら、断る令嬢なんて、この世界にいるわけないじゃない〜。僕が決めたら、即婚約だよね〜」
「申し訳ない。大変遅くなった」
その時、また背後から声が。でも、それは聞き慣れたお声です。この失礼な登場はわざとですわね。私も乗っかってみることにしましょう。
「サルーシャ様、待ちくたびれましたわよ」
「な、な、き、君は⋯⋯! なんてっ! なんて美しいんだ‼︎」
思わず「ブフォ」と吹き出しそうになったのを、ギリギリのところで飲み込んだ私は、自分を褒め讃えたい気持ちです。
現れたサルーシャ様は、アリア様の瞳の色と同じ深い緑のジュストコール。銀糸で刺繍が施され、その意匠はアリア様のドレスのものと同じです。さらにアリア様の髪飾りと同じ、雪の結晶を模ったラペルピンが胸に輝いています。
深い緑は針葉樹の森を思わせ、長い銀髪と相まって、冬の森の妖精王のような圧倒的な美しさ。サルーシャ様を見慣れている私でさえ、一瞬目を奪われそうになったくらいですから、ドヤァル公子が驚くのも無理はありません。
「う、う、美しい〜! そうか、なるほど、アデリン嬢の僕に対する反応がいまひとつだったのは⋯⋯、そうか、そういうことだったのか〜」
なにか勝手に勘違いしているようですが、ちょうど良さそうなのでそのままにしておくことにしましょう。
しかし、ミタメイノチン公国の方々は、美の追求を信条とするだけあって、真の美を前にすると素直に受け入れると聞きましたけど、本当でしたのね。
「ああ、こんなに美しい人がいるなんて⋯⋯。僕は、なんて不運なんだ〜! もっと早く出会っていたなら〜! せめて、お名前を教えてくれないだろうか!」
早く出会ってなくて、ほんと良かったですわね。
「サルーシャ・ミストレイクと申します。ビダンシーデ・ドヤァル公子殿下」
サルーシャ様は、サービス満点の極上の笑顔付きで名乗りました。
ドヤァル公子は、「ズッキューン!」と幻聴が聞こえそうなリアクションで、お顔を真っ赤にしつつ、「美しすぎる⋯⋯」とうめいていらっしゃいます。
「ビダンシーデ公子殿下こそ、大変お美しいですよ」
「いや、君が澄み渡った冬の空の凍るような満月なら、僕は雲に隠れた小さな星だ。美の追求の道は険しいと、改めて思い知らされたよ〜。初心に戻って頑張るとするよ〜。お邪魔したね〜」
ドヤァル公子は、若干フラフラしながら、去って行かれました。
「意外と良い人だった⋯⋯のかしら」
「見た目もキャラクターも面白い方でしたわね!」
アリア様が楽しそうにおっしゃいます。
「しかし、こんなにもアリーと揃いの衣装なのに、何を勘違いしたのやら」
「サルーシャ様の美しさに目を奪われたのですわ。まあ、私はそれで助けられましたから感謝しております」
*
ダンスの音楽が流れ始めると、サルーシャ様が恭しくアリア様の手をお取りになって、フロアに向かわれました。
お二人は優雅にお辞儀をし、踊り始めます。最初こそ、緊張で固くなってらしたアリア様ですが、サルーシャ様のリードでだんだんと笑顔に。そんなアリア様を見つめるサルーシャ様も、甘く目を細められています。
アリア様がクルクルと軽やかに回る度に、いくつもの髪飾りがキラキラとたくさんの光を反射して、お二人の踊る場所だけ別世界のよう。本当に妖精姫と妖精王が、お二人だけの幸せな時を楽しまれているような光景です。
思わず、ほうっと私の口からため息が漏れます。すると、周囲の人々からもため息が聞こえ、私はちょっと誇らしいような、嬉しい気持ちになりました。
おかしなパーティでしたけれど、まあ、面白かったですわね。
ささやかな満足感と若干の疲れを感じつつ、私はひとりテラスへと向かいました。
秋の訪れを感じさせる心地よい風が頬を撫で、私は澄んだ夜気を深く吸い込みます。風に乗って、黄に色づいた落ち葉がひらひらと舞っています。
その時、1枚の落ち葉がふわりと金色の優しい光をまとって、私の近くに。思わず私は手を差し伸べて、その落ち葉を受け止めました。
「まあ、なんて綺麗。神様からの贈り物かしら」
つい、ひとり言が出てしまいました。
すると、後ろからつぶやくような声が。
「綺麗だ⋯⋯」
今日はつくづく、背後から声をかけられる日なのですね。でも、今回の声は控えめで、ひとり言のようではありましたけれど。
私は振り返り、声の主を確認しました。
「し、失礼いたしました! あ、名乗るべきですね。すみません!
私は、カルナ・ミルランと申します。魔法学院で研究者をしております。
不躾にも、突然お声をかけるような形になってしまい、申し訳ありません」
「ご丁寧なご挨拶ありがとうございます。
私はアデリン・ベルサージュと申します」
ミルラン様は、襟足までの長さの撫で付けていない黒髪に銀縁の眼鏡をかけてらして、確かに研究者という風貌です。衣装も黒の上下で派手さはまったくありませんが、質の良さは見て取れました。
ミルラン⋯⋯というと、北西の辺境伯がそのような家名だったような。釣書にはなかったので、定かではありません。
「お気になさらないでくださいませ。
この落ち葉が、柔らかな光をまとって舞い降りてきて、その美しさに私も思わず言葉が出てしまいましたもの」
「いや、それは違⋯⋯、いや、私は何を⋯⋯、いや、そうではなく⋯⋯」
ミルラン様は、いったんゆっくり息を吐き出すと、続けました。
「あの、がっかりさせてしまうかもしれませんが、先ほどの落ち葉は私が光らせたのです」
「まあ! 魔法だったのですね! とても綺麗で感動いたしました。でも、なぜ?」
「⋯⋯また、失礼かもしれないのですが、⋯⋯貴女が、少し寂しげに見えて」
「⋯⋯確かに、このパーティに少し疲れておりました。外の風にあたりたいと思うくらいに。
ミルラン様が、そんな私を慰めたいと思ってくださったのなら、大成功ですわ。神様からの贈り物かと思うほど、心を満たされましたもの」
私は感謝の意を込めて、ミルラン様の目を見て、そう申し上げました。
「とても優しい光でした」
そして、手のひらの上で、もう光をまとっていない黄色い葉に目を落としました。
すると、その落ち葉がふわりと手のひらから浮かんで、再び光をまとい始めました。
さらに、ひらひらと風に乗って舞い降りてくる、ほかの落ち葉たちも一斉に光り出し、一緒に空中でクルクルと広がったり円を描いたり、踊り始めたのです。
そして、私の頭上高くに舞い上がると、そこで弾けるように金の粉になり、私の上にキラキラと降り注ぎました。
私は、つい夢中になり、両手を広げて全身でその金の粉を受け止めます。
柔らかく降り注ぐ金の粉が消えるころ、ようやく私は我に返りました。
「あ、私ったら、夢中になって⋯⋯。お恥ずかしいですわ。
ミルラン様、素敵な魔法をありがとうございます」
「い、いや、喜んでもらえたのなら⋯⋯。
私は、こんな役にも立たない魔法が好きで⋯⋯。攻撃魔法が花形の魔法学院では変わり者です」
「役に立たないなんて! そんなことをおっしゃらないで。
命を刈り取る魔法よりも、心を豊かにする魔法の方が、私は好きですわ。現に私は、ミルラン様の魔法に慰められました」
ミルラン様は顔を赤くされ、拳をギュッと握りしめて、私の目を真っ直ぐ見つめました。眼鏡の奥の瞳は、ブルートパーズのような澄んだ水色で、その眼差しに射抜かれたように私の胸がドキリとしました。
「アデリン・ベルサージュ様、もしよろしければ、私と踊っていただけませんか?」
「え、ええ。もちろん、喜んで」
私は、微笑んでミルラン様の手を取ります。
秋のひんやりとした夜風に撫でられても、私の頬はなぜか熱く火照ったままでした。
〈おわり〉
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おまけ
「アンナ師匠」
「あら、リリアン様。なんですか、そのメイドのような格好は。リリアン様のような妙齢の乙女が、このようなパーティで着飾らないでどうするのですか」
「私は師匠の一番弟子として、当然ながら師匠の任務のサポートをさせていただいております」
「リリアン様の師匠呼びには慣れましたが、私はあくまでも、貴女をお嬢様のご友人として扱わせていただきますから」
「そんなー。二人っきりの時はいいじゃないですかー。私はアンナ師匠のような最高の侍女になりたいんですよー。お願いですから弟子扱いしてくださいよー」
「なぜ、貴女の口調が先にくだけるのですか」
「あ、アデリン様がおひとりでテラスに」
「大丈夫です。あそこにいるのは、ミルラン辺境伯の次男で、魔法学院の研究員をやっている、魔法オタクのカルナ様です。朴念仁ですが、誠実で才能もある良い人物ですよ」
「さすが師匠、なんでもご存知なのですね」
「このくらい、侍女なら普通です」
「見てください。なんかキラキラしてますよ。あれ、魔法ですか?」
「カルナ様が何か披露したのでしょう」
「アデリン様の気を引こうと?」
「あの朴念仁に、そんな甲斐性はありません。無意識でしょう」
「⋯⋯ちょっと、いい雰囲気じゃないですか?」
「⋯⋯」
「⋯⋯師匠、私、人が恋に落ちる瞬間を、見てしまったかもしれません」
「真面目で気苦労の多いアデリン様には、不器用でも裏表のない、カルナ様のような誠実な人が良いのです」
「師匠? もしや、師匠が何か仕掛けて⋯⋯?」
「そこまでは。ちょっと予想が当たっただけです」
「! 師匠、かっこいいー! 道のりは遠く険しそうですが、どこまでも着いていきますー!」
お読みいただきありがとうございます!