はじめての“ファン”
魔導音楽祭の初演が終わったのは、午前の鐘が三つ鳴ったころだった。
舞台の魔力灯が落ち、最後の音が消えた瞬間――
王都中の魔導水晶に、光の奔流みたいに反応が走った。
王都中の魔導水晶が、一斉に光を放った。
「誰? あの声……」
「まさか、リリカ・ノクティスの詠唱者って、あの子だったの?」
「震えてたけど、なんか……心に刺さった」
「あの“またね”の続きが、ようやく届いた気がする」
魔導通信板には、賛否入り混じった声が溢れていた。
驚き、感動、疑念、そして懐かしさ――
それらすべてが、わたしの声に反応していた。
#リリカ初声披露
#リュミナ=真声説
ほんの十五分後には、街の広場でも、酒場でも、同じ言葉が飛び交っていた。
「“あの魔導曲を詠っていたのは、あの子だったのか……」って。
……信じられなかった。
兄さんは舞台裏で魔導譜を片づけながら、魔導端末に次々届く評を確認していた。
でも、わたしはそんなの、どうでもよかった。
舞台の上で、魔導マイクに向かって声を出した瞬間。
空気が震えた。
わたしの声が、兄さんの音に重なって、空間を満たしていった。
その感覚が、まだ胸の奥に残っている。
まるで、誰かの心に触れたような――そんな確かな感触。
「……これが、“届く”ってことなんだ」
そう思ったら、少しだけ涙が出そうになった。
ローブを脱いで部屋に戻ると、ベッドの端に腰掛けた。
それなのに、胸の鼓動はまだ鎮まってくれなかった。
「……演奏、見直した?」
「うん。三回」
「三回も?」
「三回見返したけど……やっぱり、声は震えてた」
「でも、最後まで詠えたのは――兄さんが隣にいてくれたから」
兄さんは、少しだけ目を伏せて笑った。
「あの瞬間、お前の声が届いたって思った。……俺、ちょっと泣きそうだった」
「……ばか」
「誇らしかったよ。お前が、自分の声で世界に触れたことが」
わたしは、そっと頷いた。
「……ありがとう、兄さん」
自分の声で、まっすぐに誰かに伝える。
それができたのは――たぶん、生まれて初めてだった。
夕刻、魔導通信の文箱に届いた手紙は一万を超えていた。
そのなかのひとつ。
わたしは、声に出して読んでみた。
『君はずっと、ここにいたんだ。
言葉が途切れても、姿が見えなくても、君を忘れたことなんてなかった。
あのとき、君が静かに手放した“ことば”。
それを胸にしまって、ずっと待っていた。
そして今日、君の歌声が届いた。
まるであの「またね」の続きを、君が届けてくれたみたいで――ありがとう。
君の描く音は、誰にも真似できない。
その光も影も、すべてが君らしくて、私はそれが大好きなんだ。
これからも君の物語が続くなら、私はその隅で見守ってる。
いつかまた、君が『ただいま』と言ってくれる日を楽しみにしてる。
――ユノより』
読み終えて、しばらく黙りこんでしまった。
「……わかる。でも、怖い。“またね”のあと、ずっと沈黙してたのは、わたしだから」
でも、魔導通信に刻まれたユノの名は、何度も何度も流れていた。
『やっぱり、君だったんだね』
『信じてた』
『また声が聴けて嬉しい』
――ユノは、ずっと聴いていてくれたんだ。
深呼吸をひとつ。
「……返文、書く。今度は、ちゃんと」
指先は震えていた。
でも、それ以上に、胸の中はまっすぐで澄んでいた。
魔導音楽祭の余韻はまだ消えない。
けれど、わたしはもう次の音を探し始めている。
“リリカ”としてじゃなく、
“リュミナ”という名前を、声に出していいと思える自分として。
それは、途切れていた“ことば”の続きを、
ようやく奏で始めるための、はじまりの一歩だった。