霊契の詠唱――名前に宿る絆
王都。
霊力の流れが交差するこの都市では、音楽と魔導がひとつに溶け合い、詠唱は祈りとなり、契約となる。
その夜、わたしたちは、演奏堂の舞台に立っていた。
魔導演奏会《霊響の宵》。年に一度、都市の中心で開かれる霊的な祝祭。
演奏者は、音を通じて都市の霊脈と共鳴し、聴く者の魂に触れる。
わたしはローズ型魔導鍵盤の前に座り、兄さん――セリオは、魔導弦楽器レスポールを抱えていた。
「……緊張してる?」
わたしがそう尋ねると、兄さんは小さく笑った。
「少しだけ。でも、リュミナとなら、大丈夫だと思う」
その言葉に、胸の奥がふわりと温かくなる。
でも、わたしたちの魔導譜には、まだ空白が残っていた。
最後の一節。
そこに、わたしたちの“名前”を詠唱として刻むかどうか――それが、今夜の鍵だった。
「名前って、霊契に触れるんだよね。
呼ぶことで、霊力が結びつく。
でも、呼ばないことで守れるものもある」
わたしの言葉に、兄さんは頷いた。
「だからこそ、呼ぶときは覚悟がいる。
名前は、ただの音じゃない。
その人の魂に触れる詠唱になる」
魔導鍵盤に指を置くと、音が静かに流れ始めた。
ローズの霊律は、夜の空気に溶けるように柔らかく、
まるで、誰かの記憶をそっとなぞるようだった。
わたしたちは、言葉を交わさずに音を重ねていく。
セリオの魔導弦が、わたしの鍵盤に寄り添うように響き、
その霊力が、舞台の空気を震わせていく。
「“妹”って、ただ守られる存在じゃないと思う。
ときに、兄を導くこともある。
音で、言葉で、名前で――」
「……リュミナ」
兄さんが、わたしの名前を呼んだ。
それは、霊契の始まりのような響きだった。
魔導譜が、ふわりと光を帯びる。
「セリオ」
わたしも、兄さんの名前を呼んだ。
その瞬間、ふたりの音が重なり、霊力がひとつに結ばれた。
魔導演奏堂の空気が震え、観客の霊感が共鳴し、詠唱が都市全体に広がっていく。
“妹”という言葉は使わなかった。
でも、わたしたちの音には、絆が宿っていた。
名前を呼ぶことで、心が通じ合う。
それは、祈りでもあり、誓いでもあった。
演奏が終わると、静かな余韻が残った。
魔導譜の最後の一節には、ふたりの名前が刻まれていた。
それは、霊契の証。
そして、音楽という魔導の中で、わたしたちが見つけた絆のかたちだった。
演奏堂の外では、霊灯がゆらめき、夜風が静かに吹いていた。
魔導都市の空に、ふたりの音が、祈りのように溶けていく。
「……ありがとう、兄さん」
「こちらこそ。リュミナ」
その言葉の響きが、わたしの胸に残った。
名前を呼ぶこと。
それは、ただの呼びかけではなく、魂に触れる詠唱。
そして、わたしたちの音楽は、これからもその絆を奏でていく。




