はじめまして、リュミナです
魔導鏡のカウントが始まる。
3、2、1……
“Live Now”の文字が浮かび、照明の精霊が灯る。
わたしは、魔導マイクの前に立った。
喉がきゅっと縮まる。けれど、深呼吸をして口を開いた。
「……はじめまして。リュミナです」
たったそれだけ。
でも、わたしの世界は一瞬で塗り替えられた。
コメント欄が一斉に光で流れる。
『声が……!』
『本物の声だ!』
『泣きそうになった』
『はじめまして、リュミナ!』
その熱狂は、まるで目に見える歓声みたいに押し寄せてくる。
胸がどくどくと高鳴る。怖いはずなのに、なぜか温かかった。
イントロが流れる。
一曲目は――The Byrds『Eight Miles High』。
異界の名曲に、わたしの魔導アレンジを重ねた。
ローズ鍵盤が澄んだ音色を奏で、兄さんの歌声が響く。
その瞬間、客席全体の空気が変わった。
静寂。
誰も物音ひとつ立てない。
ただ、耳を傾ける気配だけが広がる。
わたしは――声を出した。
小さなフレーズを、兄さんの旋律に寄り添わせる。
魔導マイクが拾った自分の声が、空間を震わせる。
「……っ」
客席の視線が一斉にこちらに向いたのがわかった。
驚き、戸惑い、期待。
そのすべてが波のように押し寄せてきて、足が震えそうになった。
でも、不思議だった。
その震えは、逃げたいからじゃない。
「もっと届けたい」っていう想いの方が勝っていた。
わたしは続けた。
ほんの少しだけ音を強め、次のフレーズを重ねる。
兄さんが隣で笑ったのが見えた。
わたしは、ちゃんと歌えている。
観客の目が潤んでいるのが見えた。
コメント欄にも、息を呑んだような文字が並ぶ。
『鳥肌……』
『声が透明すぎる』
『リュミナ、ありがとう!』
演奏が終わった瞬間――
嵐みたいな拍手とコメントの奔流が押し寄せた。
『最高だった!』
『次の曲も早く!』
『この声、ずっと聴いていたい』
わたしはマイクを両手で抱くように持ちながら、必死で呼吸を整えた。
涙が出そうだった。
でも、泣くより先に――笑っていた。
控室に戻ったとき、兄さんが肩を叩いた。
「リュミナ。……届いたな」
「……うん」
声が震えていた。けれど、その震えはもう「怖さ」じゃなかった。
胸の奥に残っているのは、「伝わった」っていう確かな実感だった。
初めて、自分の声で。
初めて、世界とつながった。
それが、わたしのはじめの一歩だった。