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魔導学園の朝と演奏堂への道

魔導学園の朝は、静かだった。


わたし――リュミナは、寮の部屋の扉の前で、深く息を吸った。

ノックはしない。

ただ、そこに立つだけ。

それが、わたしたちのやり方だった。


やがて、扉が音もなく開く。

兄さん――セリオが、そこにいた。


「……おはよう」

「おはよう」


兄さんはもう、霊衣を身にまとっていた。

黒地に銀の紋章が刺繍された、母が最後に選んでくれた一着。

ステージに立つための、たったひとつの服。


「朝食、軽くでいい?」

「うん……喉に残らないやつ、お願い」

「任せとけ」


キッチンへ向かう途中、兄さんがそっと振り返る。

わたしは、扉の前でしばらくじっと立っていた。

両手を胸元でぎゅっと組んで、目を閉じる。


祈っていたんだと思う。

自分自身に。


会場は、魔導都市の地下にある演奏堂。

百五十名ほど収容できるらしいけど、

わたしにとっては“今までで一番大きな場所”だった。


到着すると、魔導技師たちが準備を進めていた。

わたしは霊衣の上に黒い外套を羽織り、フードを目深にかぶる。


「大丈夫?」

兄さんの声に、わたしは小さく頷いた。

「……うん。今のところは」


控室に案内されると、兄さんは魔導マイクの感度を自分で確かめていた。

その姿が、静かな決意に満ちていて、

わたしは少しだけ安心した。


「……緊張してる?」

兄さんが振り返らずにそう言った。

声は、いつもより少し低くて、静かだった。


「ううん。……ちょっとだけ、怖いだけ」


これまでの活動は、魔導端末越しだった。

顔を出さず、声も出さず、ただ音だけを届けてきた。

でも、今日は違う。

わたしは、魔導マイクの前に立つ。

自分の声で、はじめて言葉を紡ぐ。


「……リュミナ。お前の音は、ちゃんと届くよ」


兄さんが、魔導マイクをわたしの前にそっと置いた。

その手の動きが、どこか儀式みたいで、思わず笑ってしまった。


「……ばか。そんなの、わかんないよ」


でも、わたしの声は、震えていなかった。

母が遺してくれた霊衣の感触が、胸元にやさしく触れている。

それだけで、少しだけ勇気が湧いた。


魔導演出師が、控室に入ってきて告げる。


「配信は第十刻ちょうどに始まります。

直前に魔導カウント演出が入るので、それまではここで待機を」


兄さんは小さく頷き、魔導鏡の前に座り直した。

わたしは、鏡の中の自分を見つめる。

髪はきれいに整えられていて、表情は……まだ硬い。

でも、目だけは、ちゃんと前を向いていた。


「……兄さん」

「ん?」

「“あの言葉”……ちゃんと、最初に言うから」

「ああ」


わたしたちは、最初のひとことを決めていた。

それは、わたしが自分で選んだ“はじめの一歩”。


第九刻五十五分。

控室の魔導鏡に、配信画面が映る。

すでに百人以上の視聴者が魔導通信で接続していた。


わたしは深く息を吸って、フードを取った。

空気が、少しだけ冷たく感じた。

でも、それがちょうどよかった。


兄さんが、魔導弦楽器の調律を終え、わたしの方を見た。


「……準備、できてる?」

「……うん。たぶん」

「じゃあ、行こう。リュミナ」


わたしは頷いた。

魔導マイクの前に立つ。

兄さんが隣にいる。

それだけで、わたしは前に進める。


魔導鏡のカウントが始まる。

3、2、1……


“Live Now”の文字が浮かび、照明の精霊が灯る。


わたしは、そっと口を開いた。

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