恋と音楽、負けたくない
朝の光が、館の窓越しにぼんやりと差し込んでいた。
その隅で、わたしは長椅子に座り、膝を抱えていた。
フードをすっぽり被ったまま、小さく呟く。
「……わたし、ばかだ」
昨夜のこと。
ふたりきりで、あんなに近づいてしまったこと。
それを、あっさりルナとシャリカに見られてしまったこと。
それ以上に――
「わたし、兄さんのこと、ほんとに“そういう目”で見てるんだ」
自分で自分に気づいてしまったらしい。
そのすべてが、朝の空気の中で恥ずかしすぎて、消えてしまいたいくらいだった。
そこへ――
「おはよーリュミナちゃ〜ん♡ 顔洗った〜？」
ルナが元気いっぱいに長椅子へ飛び乗ってきた。
「うるさい。あっち行って」
「昨日はあんなに仲良しだったくせに〜？」
「ばかルナ。ほんとばか」
「え〜、ねえシャリカちゃん、聞いた？ “ばか”って〜」
「聞いたわ。……まさに“恋する乙女の照れ隠し”ね」
「ちがう！！」
わたしは思い切りクッションを投げた。
でも、それは当たらず、床にぽふんと転がるだけだった。
シャリカが、わざとらしく髪をかき上げながら言う。
「ところで……
わたし、昨夜、セリオに昔の“封印された楽曲”の話をしたの。
覚えてる？」
わたしは顔を上げる。
「……“雨の夜の輪舞”？」
「そう。
それ聴かせてくれたの、わたしだけ。
嬉しかったな」
わたしの表情が、ほんの少しだけ曇った。
胸の奥がじわりと焼けるような――
でも、それは嫉妬じゃなくて。
“誰かが、自分よりも早く兄さんの音楽を受け取っていた”
そんな、焦りに近い感情だったのかもしれない。
「……じゃあ、ルナは？」
「わたし？ わたしは毎日聞いてるもんね〜。
“今”のリリカ・ノクティス」
「……ぐっ」
わたしの肩が、ほんの少しだけ沈んだ。
でも、たしかにその通りだった。
シャリカは昔から、兄さんの“音”を愛してくれていた。
ルナは“いまの”リリカルを信じて、盛り上げてくれている。
じゃあ、わたしは？
わたしは、いつから“兄さんが好き”だったんだろう。
「……わたし、負けたくない」
ぽつりと呟いたとき、ふたりが同時にこっちを見た。
「……それって、どっちに？」
シャリカが優しく聞く。
「“音楽”に？ それとも“恋”に？」
わたしは一瞬だけ言葉を詰まらせたけれど、すぐに答えた。
「どっちにも、負けたくない」
ルナが、にっと笑った。
「……いい顔してる。やっとスタートライン立った感じじゃん？」
「うるさい。ルナに言われたくない」
わたしは、すっと立ち上がる。
「ねえ、シャリカ、ルナ。
……今日の午後、録音に付き合って」
「おっけー！」
「もちろんよ」
ふたりの反応は即答だった。
わたしの声には、昨日までと違う“決意の色”があった。
その夜。
録音の間に、わたしの声が響いた。
シャリカも、ルナも、真剣な顔で魔導譜を見つめている。
「兄さんの声じゃないと歌えないと思ってたけど……
わたし、自分の声で届けたい。
ちゃんと、自分の“好き”として」
その言葉は、まるで誰かへの告白のように聞こえた。
深夜。バルコニー。
「今日の歌詞……リュミナが書いたのか？」
兄さんが訊ねると、わたしは月明かりに照らされた髪をふわりと揺らし、うつむきがちに頷いた。
「……うん。
ずっと、最初から……言えなかったけど」
