波音と、ふたりの寝台
「えっ!? 部屋が二人用しかないって、どういうことだ!」
兄さんの声が、石造りの館の広間に響いた。
「“誰か”と“誰か”が、同じ寝台になるってことだね……ふふふ」
ルナが妖しく微笑むと――
「……兄さんと、同じ寝台は、わたしだよね……?」
わたしはぴたりと硬直した。
「いや、違う。俺は広間の長椅子で寝るから」
そう断言したはずだった。……のに。
「やだ!」
わたしは思わず声を上げた。
「えっ?」
「わたし、兄さんと同じ寝台がいい!!」
「なっ……!?」
不意打ちのわたしの言葉に、兄さんは変な声を出した。
わたしは唇をキュッと結んで、視線を下に落とす。
「だって……ルナとシャリカ、ふたりとも……怖いこと言うし」
その視線の先にいた二人は、顔を見合わせて――
「「何もしないよ?」」
「こわっ!!」
兄さんは長椅子を指差した。
「もうここで寝るわ!!」
その夜。創作の作業を一段落させたわたしたちは、テラスで夜風にあたりながら、果実酒の代わりに甘い果汁で乾杯していた。
「さーて! ひとっ風呂浴びてくるかー!」
タオルを肩にかけたルナが、堂々と宣言。
「いっしょに行く?」
「わ、わたしはいい……さっき、湯浴みしたし……」
わたしは少しだけ視線を逸らして、魔導記録石で録音した音源を聞いていた。
「……ひとりで湯浴み、平気?」
「だ、大丈夫」
「ふふ、セリオといっしょじゃなければ、ね?」
「ばっ、ばかルナ」
わたしの突っ込みが入った瞬間、ルナは楽しそうに笑った。
兄さんも、そんなわたしの笑顔に、目を細めていた。
こうした冗談が、なんだか嬉しかった。
夜も更けて、皆が自室に戻りはじめた頃――
わたしは兄さんのそばに来て、小さな声で言った。
「――あの、ちょっとだけ……散歩、付き合ってくれる?」
「もちろん」
月の光だけを頼りに、わたしたちは館を抜けて海辺へ。
波の音が、足元をくすぐるように寄せては返す。
「……波の音って、なんか詩みたいに聞こえるよね」
「どんな詩?」
「“あのとき、あなたの声が、波にまぎれて消えていった”……とか」
「切ない……!」
わたしは笑った。その横顔が、やけに大人びて見えた。
「わたし、やっぱり……この“創作の旅”、来てよかった」
「リュミナ……」
「ルナもシャリカもいて、騒がしくて……でも、楽しかった。すごく」
そのときだった。
「わっ!」
わたしが足を滑らせ、倒れそうになった――
とっさに兄さんが腕を伸ばして、わたしを抱きとめる。
「……だ、大丈夫!?」
「ご、ごめん、兄さん……」
気づけば、兄さんの顔が……とても近い。
瞳が潤んで、息がふわりとかかる。
「……っ」
理性が吹き飛びそうになった、そのとき――
「いちゃついてるー!!」
「見つけたぞー!!」
背後からルナとシャリカの声、そして……魔導記録石の起動音。
「ば、ばか!! 盗み見しないでっ!!」
わたしは真っ赤になって、その場から逃げ出した。
部屋に戻ると、わたしは寝台の隅にちょこんと座っていた。
「……さっきは、ごめん。びっくりして……」
「いや、俺のほうこそ」
沈黙。だけど、不思議と居心地は悪くない。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「もし……これが最後の創作の旅だったら、って。そんなこと、ふと思っちゃって」
「そんなこと言うなよ」
「うん、わかってる。
でも、いまのこの時間が……すごく特別で。
このまま、全部忘れたくないなって」
わたしの声が、やけに真剣だった。
「じゃあ、覚えておこう。全部」
「うん。ちゃんと“曲”にする。
……わたしの歌で」
わたしは、柔らかく微笑んだ。




