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創作の旅は、白き離宮から

「というわけで――創作の旅よ!」


ルナが両腕を広げて宣言した瞬間、わたしは思わず目を見開いた。彼女の声は、まるで祝祭の鐘のように響いて、空気を震わせた。


「……創作の旅?」


「そうよ! 南方の島にある、我が家の離宮で! 設備は完璧、魔導通信も安定、演奏の間も併設、寝台はふかふか、海まで徒歩十歩! 完璧でしょ?」


「それ、もう王族の離宮じゃない……?」


兄さん――セリオがぼそりと呟くと、ルナは得意げにウィンクした。


「離宮兼、創作の旅ってことで♪ 新曲の準備、演奏の練習、あと――海辺での演奏会♡」


「最後が本音だろ……!」


わたしはまだ不安だった。知らない場所、知らない空気。だけど、兄さんの方をちらりと見て、小さく口を開いた。


「兄さんも行くなら……わたし、がんばってみる」


「もちろん。リュミナの隣、ずっといるよ」


「……ばか」


そっぽを向いたけれど、耳が熱くなっていた。心の奥が、少しだけ震えていた。



数日後。快晴の空の下――


わたしたちは、南方の島に降り立った。潮風が髪を揺らし、空はどこまでも青かった。


目の前に現れたのは、真っ白な石造りの館。高い塔と広い庭、そして海へと続く小道。ルナの離宮は、まるで王族の居城のようだった。


「うわぁ……これ、物語の中で見るやつ……」


わたしは、まだフードを深くかぶったまま、離宮の白い壁を見上げていた。


兄さんは、物語を書くことで誰かの心に触れたいと願っている。

ルナは、自由な創作を守るために、自分の時間を選んだ。

シャリカさんは、音楽の技術と感性を磨くために、わたしたちと向き合ってくれている。

わたしは――まだ迷っている。

でも、ここでなら、見つけられる気がする。

“わたしの音”が、どこへ向かうのか。


わたしはフードを外して顔を上げた。まぶしい太陽が頬に当たって、胸が高鳴る。空気が、音楽の始まりを告げているようだった。


「さっそく着替えて海へ行こう!」


ルナが叫びながら走っていく。その背中が、まぶしかった。


館の広間に戻ると、最初に現れたのはシャリカだった。

白地に紺の刺繍が爽やかな、軽やかな霊衣。和装姿とは別人のような印象だった。


「……似合う、かな?」


「やばい。印象の揺らぎで脳が混乱するレベル」


「ふふ、今日の主題は“夏の観測者”。魔導視、任せて?」


そして――わたしは、そっと姿を現した。

黒地に水玉模様の軽装。ほどよく絞れた腰に、白い脚。陽射しの下で見られるそれは、もう別次元だった。


「ど、どう……?」


「……反則だ、それ」


「ばか……」


そっぽを向いたけれど、耳の先まで真っ赤だった。



その夜。離宮のテラスで、わたしたちは甘い果汁で乾杯した。波の音が遠くで響き、空には星々が瞬いていた。


「ねえ、兄さん」


「ん?」


「この“創作の旅”……来てよかった」


「リュミナ……」


「ルナもシャリカもいて、騒がしくて……でも、楽しかった。すごく」


その言葉は、わたしの胸の奥から自然にこぼれた。


そのときだった。


「わっ!」


わたしが足を滑らせ、倒れそうになった――

とっさに兄さんが腕を伸ばして、わたしを抱きとめる。


「……だ、大丈夫!?」


「ご、ごめん、兄さん……」


気づけば、兄さんの顔が……とても近い。


「……っ」


理性が吹き飛びそうになった、そのとき――


「いちゃついてるー!!」

「見つけたぞー!!」

魔導記録石の起動音。


「ば、ばか!! 盗み見しないでっ!!」


わたしは真っ赤になって、その場から逃げ出した。



部屋に戻ると、わたしは寝台の隅にちょこんと座っていた。


「……さっきは、ごめん。びっくりして……」


「いや、俺のほうこそ」


沈黙。だけど、不思議と居心地は悪くない。


「ねえ、兄さん」


「ん?」


「もし……これが最後の創作の旅だったら、って。そんなこと、ふと思っちゃって」


「そんなこと言うなよ」


「うん、わかってる。

でも、いまのこの時間が……すごく特別で。

このまま、全部忘れたくないなって」


「じゃあ、覚えておこう。全部」


「うん。ちゃんと“曲”にする。

……わたしの歌で」


わたしは、柔らかく微笑んだ。

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