創作の旅は、白き離宮から
「というわけで――創作の旅よ!」
ルナが両腕を広げて宣言した瞬間、わたしは思わず目を見開いた。彼女の声は、まるで祝祭の鐘のように響いて、空気を震わせた。
「……創作の旅?」
「そうよ! 南方の島にある、我が家の離宮で! 設備は完璧、魔導通信も安定、演奏の間も併設、寝台はふかふか、海まで徒歩十歩! 完璧でしょ?」
「それ、もう王族の離宮じゃない……?」
兄さん――セリオがぼそりと呟くと、ルナは得意げにウィンクした。
「離宮兼、創作の旅ってことで♪ 新曲の準備、演奏の練習、あと――海辺での演奏会♡」
「最後が本音だろ……!」
わたしはまだ不安だった。知らない場所、知らない空気。だけど、兄さんの方をちらりと見て、小さく口を開いた。
「兄さんも行くなら……わたし、がんばってみる」
「もちろん。リュミナの隣、ずっといるよ」
「……ばか」
そっぽを向いたけれど、耳が熱くなっていた。心の奥が、少しだけ震えていた。
*
数日後。快晴の空の下――
わたしたちは、南方の島に降り立った。潮風が髪を揺らし、空はどこまでも青かった。
目の前に現れたのは、真っ白な石造りの館。高い塔と広い庭、そして海へと続く小道。ルナの離宮は、まるで王族の居城のようだった。
「うわぁ……これ、物語の中で見るやつ……」
わたしは、まだフードを深くかぶったまま、離宮の白い壁を見上げていた。
兄さんは、物語を書くことで誰かの心に触れたいと願っている。
ルナは、自由な創作を守るために、自分の時間を選んだ。
シャリカさんは、音楽の技術と感性を磨くために、わたしたちと向き合ってくれている。
わたしは――まだ迷っている。
でも、ここでなら、見つけられる気がする。
“わたしの音”が、どこへ向かうのか。
わたしはフードを外して顔を上げた。まぶしい太陽が頬に当たって、胸が高鳴る。空気が、音楽の始まりを告げているようだった。
「さっそく着替えて海へ行こう!」
ルナが叫びながら走っていく。その背中が、まぶしかった。
館の広間に戻ると、最初に現れたのはシャリカだった。
白地に紺の刺繍が爽やかな、軽やかな霊衣。和装姿とは別人のような印象だった。
「……似合う、かな?」
「やばい。印象の揺らぎで脳が混乱するレベル」
「ふふ、今日の主題は“夏の観測者”。魔導視、任せて?」
そして――わたしは、そっと姿を現した。
黒地に水玉模様の軽装。ほどよく絞れた腰に、白い脚。陽射しの下で見られるそれは、もう別次元だった。
「ど、どう……?」
「……反則だ、それ」
「ばか……」
そっぽを向いたけれど、耳の先まで真っ赤だった。
*
その夜。離宮のテラスで、わたしたちは甘い果汁で乾杯した。波の音が遠くで響き、空には星々が瞬いていた。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「この“創作の旅”……来てよかった」
「リュミナ……」
「ルナもシャリカもいて、騒がしくて……でも、楽しかった。すごく」
その言葉は、わたしの胸の奥から自然にこぼれた。
そのときだった。
「わっ!」
わたしが足を滑らせ、倒れそうになった――
とっさに兄さんが腕を伸ばして、わたしを抱きとめる。
「……だ、大丈夫!?」
「ご、ごめん、兄さん……」
気づけば、兄さんの顔が……とても近い。
「……っ」
理性が吹き飛びそうになった、そのとき――
「いちゃついてるー!!」
「見つけたぞー!!」
魔導記録石の起動音。
「ば、ばか!! 盗み見しないでっ!!」
わたしは真っ赤になって、その場から逃げ出した。
*
部屋に戻ると、わたしは寝台の隅にちょこんと座っていた。
「……さっきは、ごめん。びっくりして……」
「いや、俺のほうこそ」
沈黙。だけど、不思議と居心地は悪くない。
「ねえ、兄さん」
「ん?」
「もし……これが最後の創作の旅だったら、って。そんなこと、ふと思っちゃって」
「そんなこと言うなよ」
「うん、わかってる。
でも、いまのこの時間が……すごく特別で。
このまま、全部忘れたくないなって」
「じゃあ、覚えておこう。全部」
「うん。ちゃんと“曲”にする。
……わたしの歌で」
わたしは、柔らかく微笑んだ。




