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余韻の中の第一歩

魔導演奏堂での祝宴の翌朝。

わたしは、まだ少し熱の残る空気の中で、ローズ鍵盤の前に座っていた。

霊衣の上に羽織った白いシャツが肩からずり落ちていて、髪もゆるく乱れている。

窓から差し込む朝の光が、鍵盤の銀縁をやさしく照らしていた。


「……昨日は、すごかったな」

兄さん――セリオが、湯気の立つ魔導湯のカップをそっと差し出してくれる。

「ありがとう……」

カップに唇を寄せた瞬間――


「んっ……あつっ……!」

思わず声が漏れて、指先が震えた。

セリオが慌てて手を取ってくれる。

その拍子に、わたしたちはバランスを崩して――

鍵盤の椅子の上で、重なるように倒れ込んでしまった。


「ちょっ……な、なにして……んの……」

顔が近すぎて、息がかかる。

セリオの瞳が、わたしを見つめていた。

わたしの頬は、熱を帯びて真っ赤になっていた。


そのとき――


「おはよー! ……え、なにこの空気っ!?」

ルナが、元気な声とともに部屋に飛び込んできた。

「えっ、ちょっと、なに? 今のシーン、もうちょっと見たかったかも〜?」

「ルナっ! からかわないで!」


すぐにシャリカが入ってくる。

「おはよう。……修羅場か?」

続いてミレイも、魔導映像装置を抱えて登場。

「おっ、これは朝から眼福ってやつ?」


わちゃわちゃと笑いが起きる中で、セリオはそっと手を離してくれた。


「でさー! 今日は休演日なんだから、みんなでどこか行こーよ! 温泉とか! 魔導湖とか!」

ルナが魔導ノートを広げて、なぜか“新作霊衣案”のページを見せてくる。


「ルナ……その布面積、どう見ても布より紐の方が多くない……?」

わたしは呆れたように眉をひそめる。

でも、さっきの事故をまだ引きずっていて、顔は赤いままだった。


「ほらほら~、リュミナもノリ悪いと、また鍵盤の上で転ばされちゃうぞ?」

「なっ……! もう、ルナっ……!」


ルナが背後から抱きついてくる。

霊衣の裾がふわりと持ち上がって――


「ちょっ、やめっ……! 見えてる、見えてるからっ!」

慌てて身を引いたけれど、視界の端に映った自分の姿が、なんだか妙に恥ずかしかった。


そこへ、シャリカが静かに歩み寄る。

「……あまりからかうな。リュミナが動揺すると、音のタッチまで揺れる」

「う……そ、そうだよね……」

わたしは、シャリカの言葉に救われるように、そっと視線を落とした。


シャリカは微笑んで、セリオの隣に腰を下ろす。

その動きで、さらりと長い髪がセリオの肩に触れる。


「ねえ、昨日の朗読……わたし、ちょっと噛んじゃったでしょ? 聞いてた?」

「うん。……でも、あの“噛み”も良かったよ。逆に、ぐっときた」

「ふふ……嬉しい。でも、もっと“言葉”で伝えられるように、なりたいな」

そう言いながら、シャリカはセリオの耳元に顔を近づける。

吐息がかかる距離で、囁くように――


「だから、練習、付き合ってくれ?」


ドキッとした。

“朗読の練習”って言ってるはずなのに、なんだこの距離感は……!


そこへミレイが、魔導映像装置を抱えて乱入してきた。

「はいはい! いちゃつくのはそこまでー!」

「い、いちゃついてなんかないっ!」

「うるさい! もう魔導映像用の素材、撮るからな! まずは水辺回からだ!」

「なぜ水辺回なんだよ!」

「そんなもん“正義”があるからだろ? 見せるべきところは、見せるッ!」


そう叫んでミレイが持ち出したのは、魔導結晶カメラ――

布よりも面積が小さい、恐ろしい霊衣とともに。


わたしは、そっと魔導鍵盤に手を置いた。

この余韻の中で、わたしの音は、また新しい一歩を踏み出そうとしていた。

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