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魔導の舞台、またねの続きを

朝の光が、魔導学園の寮のカーテン越しに差し込んでいた。

わたしは、ローズ鍵盤の前に座り、指先で静かに鍵盤をなぞっていた。


「……今日が、一区切りか」

兄さんが、魔導湯を淹れながらぽつりと呟いた。


「うん。でも、“終わり”じゃないよ」

わたしの声は、少しだけ震えていた。

でも、その目は、確かに前を向いていた。


魔導演奏会の会場は、これまでで最大規模のホールだった。

客席には、これまで出会った人たち――ルナ、シャリカ、ミレイの姿もあった。


わたしは、ステージ袖で深呼吸をする。


「……兄さん、ありがとう。ここまで、ずっと隣にいてくれて」

「これからも、ずっと隣にいるよ」


「今日は“わたし”として、ちゃんと立つから」


わたしは、マイクを握りしめてステージへと歩き出す。

魔導照明がわたしを照らす。

客席は静まり返り、空気が張り詰める。


「こんばんは。リュミナです」


その声は、静かで、でも確かに届く声だった。


「今日は、みんなに聴いてもらいたい曲があります。

この一ヶ月で作った、はじめての“誰かと作った曲”です。

作曲は、ユノさん。

……わたしは、その言葉に、音をのせました」


一呼吸置いて――


「『未来の声』、聴いてください」


イントロが流れ出す。

ほんのり曇ったようなローズの音。

そこに、わたしの声が重なっていく。


誰にも言えなかった、

あの日のことばを

あなたが、そっと、拾ってくれた


客席は、ただ“聴く”という行為に集中していた。

わたしは、歌いながら思い出していた。


音楽を好きになったきっかけ。

はじめて声を録音した日。

部屋の中で、魔導ヘッドフォン越しにだけ“世界”を感じていた日々――


すぐそばにいたのに

届かなかったことばたちが

今なら、

やさしく、

透明に、

響いてく


魔導照明が少しずつ変化していく。

最後のフレーズに向かって、音が、声が、光と重なっていく。


あなたに届くなら

わたしは――

わたしでいられる


ラストの音がフェードアウトした瞬間、

客席のどこからか、静かな拍手が湧き上がった。

それはやがて、会場全体に広がっていく。


わたしは深く一礼し、そっとマイクを置いた。


ステージの袖に戻ったとき、顔を上げると、

スタッフが笑顔で魔導タオルを差し出してくれた。


「泣いてた?」

「泣いてない。……ちょっと、目が潤んだだけ」

「うん、わかる」


わたしは魔導端末を取り出し、ミレイに魔導伝信を送った。


歌ったよ。

たぶん、ちゃんと、届いたと思う。


ミレイからは、たったひとことだけ返信が来た。


『聴いてた。ありがとう』


帰り道。

わたしは夜の風に髪を揺らしながら、ぽつりと呟いた。


「……ステージの上で、あなたを思い出すかもしれないって、

あのとき、ちょっとだけ、思ってた」


「“あなた”って、ミレイのこと?」

兄さんが聞く。


「ううん。……わたしが、歌を好きになった、いちばん最初の誰かのこと」

「……そっか」

「でも今は、思い出さなかった」


わたしは微笑んで、夜空を見上げた。


「今、目の前にいる“誰か”に、ちゃんと届けようって、思えたから」


その顔は、どこか晴れやかで――

今まででいちばん、“歌い手”の顔をしていた。

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