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歌い手の目覚め、朝露に濡れて

魔導演奏会の翌朝。

わたしは、寮の窓辺に置かれたソファに横向きに座り、ふわふわのクッションをぎゅっと胸に抱えていた。


魔導衣のまま眠ってしまったせいで、髪は寝癖でふにゃりと跳ねている。

それでも、朝の光に照らされる鍵盤の銀縁が、昨日の記憶を静かに呼び起こしていた。


「……兄さん、見てたでしょ」

「いや、見てない見てない。魔導湯を淹れてただけで」

「じゃあ、さっき“むむっ”って変な声出したのは?」

「熱かったんだよ、湯気が」


兄さんは、わたしの視線から逃げるように魔導カップを差し出してきた。

わたしはそれを受け取り、そっと口をつける。


「……わたし、やっぱり歌が好きだな。

怖いけど、気持ちいい」


「なんだその言い方」

「だってほんとなんだもん。

……昨日のわたし、“ちゃんと歌い手”になれてた?」


兄さんは、少しだけ笑って言った。


「なれてたよ。

照明に照らされて、マイク握って、ちゃんと立ってた。

……リュミナの声、ちゃんと届いてた」


わたしは、魔導譜を胸に抱きしめ、クッションに頬を埋めた。

少し赤くなった耳が、髪の隙間からのぞいている。


「ミレイちゃんがね、“あれはリュミナのこたえだった”って。

……わたし、自分でもそう思うの。

逃げずに、ちゃんと出せた。

……兄さんの隣だから、できたんだよ」


「俺は何もしてないって」

「ううん。

……いてくれた、ってだけで、全部違うんだよ」


その声は囁くように優しくて、でも芯がある。

それは恋の告白でも、ただの感謝でもない、“絶対的な信頼”だった。


「ねえ、兄さん」

「ん?」

「わたし、もう“隠れてるだけの魔導作曲師”じゃないよね?」


「おう。あのステージで、ちゃんと“自分の声”を持った歌い手になった。胸張っていい」


「……じゃあ、これからも一緒に作ってね。

“リュミナのことば”で、“リュミナの音”を。……兄さんの隣で、ずっと」


その言葉に、何も言い返せなかった。

わたしは魔導譜を開き、次の曲の構想を練り始めた。


「次の曲、どうする? タイトルとかある?」

「“続きの音”って、どうかな。昨日の“またね”の、続きって感じで」

「いいと思う」


魔導譜にはまだ何も書かれていない。

でも、そこにはもう“迷い”の気配はなかった。


わたしは袖をまくって、鍵盤に指を置いた。

その姿は、朝の光に照らされて、ちょっとだけ眩しかった。


「ねえ兄さん……今日、録音する?」

「まだ第九刻だぞ。せめて魔導衣は着替えてからにしてくれ。あと、下もな」

「やだ、えっち」


わたしは笑って、兄さんにクッションをぶつけた。

その笑顔が、昨日よりちょっとだけ大人びて見えたのは――

きっと、気のせいじゃない。

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