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音だけが語るもの

音だけが語るもの


夜の帳が降りた魔導学園の寮。

わたしは、魔導窓の外に広がる星々を見つめながら、ユノから届いた魔導伝信を読み返していた。


『次は、“声を使わない”曲を試してみないか?

歌詞も、歌声も、なし。音だけで、伝えてみてほしい。

君の声は、もう十分に“届く力”を持っている。

だからこそ、今度は“声に頼らず”に、感情を伝えてみてほしい。

君の音楽が、どこまで深く届くか――それを、見てみたい』


「……声を使わない?」

その言葉は、わたしにとって“魔導歌”の根幹を揺るがす提案だった。


「兄さん……これ、どう思う?」

魔導譜を抱えたまま、わたしは問いかける。


「リュミナがやりたいなら、やってみればいい。

でも、“音だけで伝える”って、簡単じゃないぞ」


「……わたし、声がなかったら、何も伝えられない気がする」

「それでも、やってみよう。音だけで、心を動かせるかどうか――」


わたしは、魔導鍵盤の前に座り直した。

“声”がなければ、わたしの“歌”は、ただの音になってしまう。

でも、ユノはそれでも“伝えられる”と言ってくれた。


「……じゃあ、試してみる。

音で、会話してみたい」


兄さんは、予備の魔導鍵盤を取り出して、わたしの前に置いた。


「じゃあ、俺がフレーズを弾く。リュミナ、返してみろ。……声じゃなくて、音で」


兄さんが弾いたのは、澄んだCの和音。

それは、まるで“問いかけ”のようだった。


わたしは、Amで返した。

少しだけ切ない、でも優しい響き。


兄さんは、Dm。

わたしは、F。


……音だけの“会話”が始まった。


言葉がなければ、誤魔化しもできない。

音の選び方、リズム、残響の余韻。

全部が、その人の“心”を映していた。


「……なんか、これ……通じてる気がする」

わたしは、ぽつりと呟いた。


その夜、ユノとの魔導通話が始まった。

顔は見えない。声も、最小限。

でも、魔導窓越しに伝わる空気は、どこか柔らかくて静かだった。


「こんばんは、リュミナです」

「こんばんは。ユノです」


ユノが弾いた三音は、まるで呼吸のようだった。

わたしは、それをなぞるように返す。

少しだけ装飾を加えて、呼吸が深くなるように。


ユノがまた返す。

今度は、わたしが三連符で“問いかける”ようなフレーズを弾いた。

返ってきたのは、アルペジオ。

それは、まるで手紙の返事みたいだった。


魔導窓の向こうで、ユノが小さく笑ったのがわかった。

わたしも、笑っていた。


セッションが終わったあと、わたしは魔導ノートに書き込んだ。


『silent letter』

“声にしなかった手紙”――そんな意味。


「この曲、兄さんとふたりで完成させたいな」

わたしの声には、もう迷いはなかった。


ことばにできなかった感情を。

歌にできなかった想いを。

誰にも話せなかった記憶を――


今度こそ、音でちゃんと伝えたい。


ローズ鍵盤に手を置く。

夜の空気に、そっと音がひとつ、溶けていった。

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