魔導の声が、わたしを試す
魔導の声が、わたしを試す
「……来てた、ユノから」
兄さん――セリオがそう言ったとき、わたしの胸の奥に、ひとすじの緊張が走った。魔導スタジオの空気が、少しだけ張り詰める。
机の上には、ふたり分のハーブティーと、開きかけた魔導ノートパーチメント。窓辺には、魔導鳩が残した小さな羽根がひとつ、風に揺れていた。
ユノからの伝令文が届いたのは、十五刻前。兄さんが席を外していた間に、魔導鳩が舞い降りてきたらしい。
「開けるよ?」
兄さんがそう言って、わたしはそっと魔導窓を開いた。そこに浮かび上がった文字は、まるで魔導詠唱のように、静かに、でも確かに心に響いた。
『語彙が整いすぎてる。綺麗すぎる。
構成も論理的。けど、それだけじゃ“感情”が通らない。
君の声は、届く音を持っている。だから、削ぎ落として。もっと“君だけの歌”を』
「……わあ、容赦ない」
わたしは目を細めた。けれど、そこには笑みが浮かんでいた。
「なんか……ちょっと、うれしい」
「刺されたのに?」
「うん。だって、ちゃんと聴いてくれてるの、わかるもん」
そう言って、わたしは魔導ノートから視線を外し、兄さんの方を見た。
「……兄さんとは、違う」
「ん?」
「兄さんは、わたしが何を歌っても“いい”って言ってくれる。……それ、ちょっとズルい」
それは、図星だった。
兄さんがわたしのすべてを受け入れてくれる気持ちは、逆に“成長の足かせ”になっているかもしれない。わたしは、誰かと“比べられたい”と思っている。それは、兄さんにとっては少しだけ――怖いことだったのかもしれない。
*
その夜、仮歌を録ることになった。
兄さんが魔導録音装置をセットしている間、わたしは母の遺した蒼銀のローブを整えて、魔導マイクの前に立った。ローブの裾が揺れるたび、心が少しずつ整っていく。
録音の魔導石を起動する。数秒後、わたしの声が空気を震わせた。
それはもう“初めての歌”じゃなかった。
明確な“意志”が乗っていた。
聴き終えたあと、兄さんは小さく息を吐いた。
「……いい声だった」
「ありがとう。でも、ユノの方が“正直”だったよ」
そう言って、わたしは笑った。だけど、兄さんにはわかる。
その笑顔の奥には、微かに震える不安がある。
*
翌朝。ユノからの返信が届いた。
『録音、聴いた。
技術は荒削り。でも、声は真っ直ぐだった。
そのまま、進めて。次はリフレインの再構成を提案したい』
わたしはその最後の一文を見て、少しだけ眉をひそめた。
「……この人、誰?」
「どうした?」
「なんか、怖い。
でも……どこか、うれしい」
兄さんの心にも、小さな警鐘が鳴った。
この感覚――
わたしの“音楽”に、新しい誰かが触れはじめた。
その“誰か”が“届きはじめた”。
兄として、隣にいることには変わりない。
でも今、兄さんはほんの少しだけ――“試されている”気がした。




