この歌が終わってしまっても
「……終わっちゃった、ね」
朝の光が、石窓から差し込む部屋の中。
わたしはカーテンを半分だけ開けたまま、床に寝転んでつぶやいた。
昨夜の舞台の余韻が、まだ身体の奥に残っている。
兄さんは、空になった水筒を片付けながら言った。
「終わったけど、終わってないだろ。
“舞台に立ちたい”って言ったのは達成したけど、
リュミナの“音楽”は、まだ始まったばっかじゃん」
「……うん。わかってるんだけど、
やっぱり、ちょっとだけ寂しいんだよ」
魔導端末を顔の上に持ち上げながら、ぽつり。
「昨日の夜、夢にまで“拍手の音”が出てきたんだよ。
でも、それが現実だったのか夢だったのか、起きたらちょっと曖昧で……。
そういうのが、“終わっちゃった感”につながってるのかな」
「ちゃんと届いてたよ。
拍手も、コメントも、魔導通信越しの視聴者の気持ちも。
リュミナがこの一か月で、全部掴みにいったものだから」
「……うん。ありがとう」
魔導端末に、未読のメッセージがひとつ。
ユノからだった。
『舞台、お疲れさま。
最後までちゃんと聴いていました。
……涙、こらえて歌ってるの、気づいてました。笑
すごく、素敵でした。
それと――
リュミナさんに、提案があります』
わたしは息をのむ。
そして、メッセージを開いた。
『次は“歌”じゃなくて“楽器”で共鳴してみたいです。
インストゥルメンタルと、歌声の掛け合い。
“詞じゃないところ”でも通じ合えるものを、
わたしたちで試してみませんか?』
「……“歌じゃないところ”で、通じ合う、かぁ」
天井を見つめながら、ゆっくりと目を閉じる。
「それってつまり、“音楽そのもの”で会話するってこと、だよね」
「できそうか?」
兄さんの問いに、わたしは即答した。
「――やってみたい」
「たぶん、言葉よりずっと難しいと思う。
でも、あの人となら、やってみたいって、今なら思える」
返信画面を開く手は、まっすぐだった。
『やります。
次の旋律、どんな形でも、
わたしは“あなたと”また、音楽を作りたいです。』
午後。
わたしは久しぶりに、ローズ鍵盤の前に座っていた。
魔導鍵盤――電子音源ではなく、重みのあるタッチと、少しだけくすんだような音の揺れ。
それは、わたしの記憶の中にずっと残っていた“音の居場所”だった。
「…あれ? 久しぶりに弾くと、指がちょっと迷うな」
そう言いながら、少しずつ鍵盤をなぞっていく。
ぽろ、ぽろん、と断片的な音が重なり、やがて静かな旋律が生まれる。
詞は、まだなかった。
でもそこには、昨日よりもずっと“わたしの音”があった。
「ねえ」
「ん?」
「“この歌が終わってしまっても”、
わたし、次を歌い続けられると思う」
「うん。そう思ってたよ」
わたしは笑った。
それはもう、昨日までのわたしではなくて――
“これからのわたし”の顔をしていた。




