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舞台の上で、あなたを思い出すかもしれない

「会場入り、完了しました」

魔導端末にそう打ち込むと、すぐにユノから返信が届いた。


『わたしは配信環境、問題ありません!

がんばって。

ちゃんと見てるから。』


小さな画面の言葉が、胸の奥をじんと温かくする。

それでも、手のひらは少しだけ汗ばんでいた。


会場は、百五十人収容の小さな魔音ホール。

地下に広がる石造りの空間。

でも、わたしにとっては――今まででいちばん“大きな場所”だった。


ステージの袖で、スタッフから魔導マイクを渡される。

「準備、OK?」

「はい。……たぶん」

「緊張してる?」

「ちょっとだけ。でも、それより――」


わたしは、マイクを両手で持って、指先をじっと見つめた。

「……今まで、いろんな人の歌を、部屋でひとりで聴いてたんです。

誰の声にも、きっと“その人の人生”が詰まってて、

わたし、それをずっと、ただ受け取ってただけだったんです」


「うん」

「でも、今からは……“わたしの声”が、誰かの部屋に届くんだって思ったら、

なんか、ちょっと、泣きそうになってきて」


「……いい舞台になりそうだね」

スタッフはそう言って、そっと背中を押してくれた。


スポットライトが当たった瞬間、

客席の空気が、一気に“音”から“静”に変わった。


わたしはゆっくりとマイクを持ち上げ、最初のひとことを口にする。


「こんばんは。……リュミナです」


声が、少しだけ震えていた。

でも、それも含めて、今のわたしだった。


「今日は、みんなに聴いてもらいたい旋律があります。

この一ヶ月で紡いだ、はじめての“誰かと作った曲”です。

作曲は、ユノさん。

……わたしは、その言葉に、音をのせました」


一呼吸置いて――


「『やさしい透明』、聴いてください」


イントロが流れ出す。

ほんのり曇ったような魔音――

ローズ鍵盤が、静かに空気を染めていく。

ガラスの向こうから響いてくるような、柔らかくて少し切ない音色。


そこに、わたしの声が重なっていく。


誰にも言えなかった、あの日のことばを

あなたが、そっと、拾ってくれた


客席は静まり返っていた。

拍手も、声援もなく。

ただ、“聴く”という行為に、全員が集中していた。


歌いながら、わたしは思い出していた。

音楽を好きになったきっかけ。

はじめて声を録音した日。

部屋の中で、魔導ヘッドフォン越しにだけ“世界”を感じていた日々――


すぐそばにいたのに

届かなかったことばたちが

今なら、

やさしく、

透明に、

響いてく


照明が少しずつ変化していく。

最後のフレーズに向かって、音が、声が、光と重なっていく。


あなたに届くなら

わたしは――

わたしでいられる


ラストの音がフェードアウトした瞬間、

客席のどこからか、静かな拍手が湧き上がった。

それはやがて、会場全体に広がっていく。


わたしは深く一礼し、そっとマイクを置いた。


ステージの袖に戻ったとき、顔を上げると、

スタッフが笑顔でタオルを差し出してくれた。


「泣いてた?」

「泣いてない。……ちょっとだけ、目が潤んだだけ」

「うん、わかる」


魔導端末を取り出し、ユノにメッセージを送る。


歌ったよ。

たぶん、ちゃんと、届いたと思う。


ユノからは、たったひとことだけ返信が来た。


『聴いてた。ありがとう』


帰り道。

夜の風が髪を揺らす。

わたしは、ぽつりとつぶやいた。


「……舞台の上で、あなたを思い出すかもしれないって、

あのとき、ちょっとだけ、思ってた」


「“あなた”って、ユノのこと?」

兄さんの問いに、首を横に振る。


「ううん。……わたしが、歌を好きになった、いちばん最初の誰かのこと」

「……そっか」

「でも今は、思い出さなかった」


夜空を見上げて、微笑む。


「今、目の前にいる“誰か”に、ちゃんと届けようって、思えたから」


その顔は、どこか晴れやかで――

今まででいちばん、“歌い手”の顔をしていた。

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