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君の名も、わたしの旋律に刻んだから

朝の光が、石造りの窓辺から差し込んでくる。

わたしは、魔導譜スコアを閉じて、そっと息を吐いた。

「……できた」

静かに、でも確かにそう呟いた。


魔導端末に記された旋律は、わたしとユノが紡いだもの。

声と音と、言葉と魔力。

そのすべてが、ひとつの楽曲として形になった。


「今、ユノに送った。最終調整済みの完成版」

隣で湯を沸かしていた兄さんが、振り返って微笑む。

「おつかれ」

「ありがとう。でも……まだ終わってないよ」

「え?」

「これから、“完成”って、ちゃんと認めてもらわなきゃ」


わたしは魔導端末の画面を見つめたまま、指先を組んだ。

ユノが、どう受け取ってくれるか――それが、今のわたしのすべてだった。


朝。

仮眠から目覚めたわたしの耳に、通知音が届く。

ユノからの返信だった。


『旋律、聴きました。

君の声、魔音、言葉……全部が、想像以上でした。

ほんとにほんとに、ありがとう。

この曲、もしよかったら――

リュミナさんが“発表”しませんか?』


「……えっ?」

思わず、声が裏返った。

兄さんが覗き込もうとするのを、慌てて魔導端末を背に隠す。

「だ、だめ! 今はまだ見ないで!」

「なんでだよ!」

「だめなの!……うう、ちょっと待って、頭の中が整理できない……!」


床に座り込んで、丸くなる。

ユノの言葉が、あまりにも大きすぎて、心が追いつかない。


数分後。

ようやく落ち着いたわたしは、兄さんに説明した。

「……つまり、“わたしの名前で、世界に出す”ってこと?」

その言葉を口にした瞬間、胸の奥がきゅっと縮まった。

まるで、誰かに見られることを想像しただけで、心が裸になるみたいで。

「ユノは……わたしの声が中心にあるべきだって。

でも、それって……“わたしだけで立つ”ってことだよね」

声が少し震えた。

「……こわいよ。ユノが隣にいてくれるから、歌えたのに」


「それで、リュミナはどう思ったんだ?」

「…………わかんない」

珍しく、即答できなかった。


「わたし……ひとりで出したら、ちゃんと“伝わる”のかなって。

ユノが一緒にいてくれるから、自信が持てたのに……。

“これから”のこと、考えたら、なんか……ちょっと、こわくなってきた」


今までのわたしなら、迷わなかった。

でも、今は違う。

“背中を預けられる誰か”ができたからこそ、

その誰かに「背中を押される」ことで、少し揺れていた。


「……でも」

魔導端末をぎゅっと握りしめる。

「こわいからって、断るのはちがうと思う」

「うん」

「わたしが“この曲は、ふたりの曲です”って信じて歌えば、

それだけで伝わるって……信じてみたい」


セリオは少しだけ目を伏せて、静かに言った。

「お前が“自分の音”で立とうとしてるのが、ちょっとだけ寂しい。

でも……それ以上に、誇らしいよ」

わたしは、何も言えなかった。

でも、その言葉が、背中をそっと押してくれた気がした。


兄さんの言葉に、わたしは小さくうなずいた。


そして、魔導端末に向かって、返信を書き始める。


『ユノさんへ

わたし、“発表”の話、受けたいと思います。

でも、これは“ふたりの曲”だから、

魔導譜にも、紹介文にも、ちゃんとあなたの名前を刻ませてください。

わたし一人じゃ、この旋律は生まれませんでした。

それだけは、ちゃんと伝えたいんです。

リュミナ』


送信の魔紋が光る。

指先は一瞬だけ震えていた。

でも、そのあとの顔は――とても、いい顔だった。


「“ふたりで作った旋律”を、

“ひとりで歌う”っていうの、

ちょっとだけ、勇気がいるんだね」


その言葉に、兄さんは何も返さなかった。

でも、わたしは感じた。

心の中で、そっと拍手を送ってくれているのを。


これは、わたしの“第一歩”じゃない。

“誰かの想いを背負って歩く”という、次の一歩。

だからこそ、その重さに、ちゃんと立ち止まれるようになった。


それはきっと、わたしの成長だった。

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