夜を渡る声
ユノと魔導文を交わすのが、すっかり日課になっていた。
昼間は学院の課題や家の手伝いで慌ただしく過ぎるけど、
夜の帳が落ちて静かになると、端末の光を見つめる時間が待っていた。
《今日はもう眠った?》
《まだ。曲の修正を少ししてました》
そんな短いやりとりでさえ、胸がふわっと温かくなる。
わたしの一言に、ユノが返してくれる。
ただそれだけで、一日の終わりがやさしく締めくくられる気がした。
* * *
曲はもう完成していた。
けれど、わたしたちはまだやりとりをやめなかった。
《詞を読むと、不思議と昔の景色を思い出します》
《どんな景色?》
《星を見上げていた夜のこと。
風が冷たくて、でも心は満たされていた》
ユノの言葉を追いかけると、まるでその光景が頭に広がっていく。
彼が見た空と、わたしが知っている空が、どこかで重なる。
「……なんでだろう」
声に出してみた。
ユノの言葉は、いつもわたしの記憶を静かに揺らしてくる。
懐かしくて、くすぐったくて――少し、切ない。
* * *
深夜。
窓の外の風が冷たくなってきたころ、ユノからまた魔導文が届いた。
『あなたの声は、不思議です。
光みたいに澄んでいるのに、影を抱いている。
だから何度でも聴きたくなる。
――無理をさせていませんか?』
その一文を読んだ瞬間、胸がぎゅっとなった。
どうしてわかるんだろう。
わたしが、声を出すことに迷った日々があったことも。
それでも歌おうとしていることも。
《……無理なんてしてない。
むしろ今は、やっと“声を出せる”って思えてる》
指を震わせながら送った。
するとすぐに返ってきた。
『ならよかった。
あなたの声は、あなたのものですから』
「……っ」
端末を胸に抱えて、思わず目を閉じた。
声がわたしのもの。
当たり前のことなのに、そう言ってもらえただけで涙が出そうになった。
ユノと話すと、わたしはいつも自分を取り戻していく気がする。
それはまるで――失くしたことばを、ひとつずつ拾い直していくみたいで。
* * *
その夜。
眠りにつく直前、端末を枕元に置いて、わたしは小さく呟いた。
「……おやすみ、ユノ」
返事は来ない。
でも、どこかで同じ空を見上げながら、
ユノもきっと同じように声を落としている――そう信じられた。




