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ふたりで紡ぐ旋律

あの日、わたしはひとりで音を聴いていた。


誰にも聞かせるつもりのない、ただの鼻歌。

それは、心を閉ざしたわたしだけの小さな世界で、唯一許された旋律だった。


ユノと出会ったのは、偶然だった。


魔導端末の共有掲示板に、彼が投稿した短い旋律。

それを聴いた瞬間、胸の奥がふるえた。

まるで、わたしの中に閉じ込めていた音の欠片が、彼に呼ばれて目を覚ましたみたいに。


気づけば、わたしはその旋律に詞をつけて返信していた。

名前も知らない誰かに、わたしの“音”を届けるなんて、初めてのことだった。


そこから、毎日のように魔導端末に光が灯るようになった。

送られてくる魔導譜に、わたしの詞や声を重ねて送り返す。

それをまたユノが整えて、次の案を返してくる。


ただのやりとりのはずなのに――気づけば一日の中心になっていた。


《ここの旋律、もう少し伸ばしてみませんか?》

《いいですね。では、その後ろで和音を落としましょう》


魔導端末越しなのに、まるで隣に座って楽譜を覗いているみたいだった。

ひとりで音を作っていたときにはなかった感覚。

それは、不思議と居心地がよくて……少し怖くもあった。


「……どうしてだろう」


声に出してしまう。

曲作り以上に、ユノという存在そのものが気になっている自分に気づいたから。


夜更け。

ユノから短い魔導文が届いた。


『今日はここまでにしましょう。続きはまた明日。

あなたの詞、とても好きです。』


その言葉に、胸が熱くなる。

“好きです”――旋律や詞に向けられた言葉だとわかっているのに、心臓が跳ねた。


「……ばか」


小さく笑って、端末を抱きしめる。

でも、笑顔はなかなか消えなかった。


数日後、曲はついに完成へ近づいた。

ユノが送ってきた最終稿には、わたしの詞も声も、きちんと刻まれていた。


『これで完成だと思います。

あなたの言葉がなければ、この曲は生まれませんでした。』


読み終えて、胸がいっぱいになる。

窓の外の夜空を見上げながら、わたしはそっと呟いた。


「……ユノ。わたしも同じ気持ちだよ」


わたしの声が、誰かの声と溶け合って、ひとつの旋律になる。

その喜びを知っただけじゃない。

“誰かと音を分かち合いたい”って――心から望んでいる自分に気づいた。


それは、ひとりぼっちの音から、ふたりで奏でる旋律へと変わる瞬間だった。

そして、その旋律に宿る温かさは、ただの共作以上の意味を持っていた。


「……これが、わたしたちの曲」


呟いたとき、胸の奥に灯ったのは音楽だけじゃない。

ユノという存在そのものが、わたしの心に静かに響いていた。

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