ナガスネヒコ
山に入って2週間
フシミ「カミソリ忘れたなぁ……」
フシミキョウシロウのヒゲはボーボー、頭の毛は伸び放題でゴワゴワ、大峰山の朝霧の水分のせいでさらに重くなっていた。
今日は、大岩がある山へ登って岩の上で精神統一の修行だ。と思い、朝から砂利道を進んでいた。雲が出ているのだろう、辺りは霧が出ていて視界が悪い。
フシミ「次に、登山客にあったら髭剃りないか聞いてみよう、もうだいぶ伸びた。早く剃らないと関羽になってしまう。」
フシミは独り言が増えていた。こんな時、隣に誰かいてくれれば会話が弾み楽しいのだろうが……
フシミ「…………」(ふるふる)
ここは女人禁制だ。自分の脳裏に浮かんだある女性の影を振り払う。
そんな事を考えていると向こうから二人組の影がやってくる。
フシミ『へぇ、こんな朝っぱらから。人と遭遇するのも珍しい。同業者か?とりあえず、カミソリ。』
???「あ、ホントだ!いたぞ!フズン!」
フズン「構えろ、イスティア!」
え?!
フシミは驚愕した。こんな所にアジ・ダカーハの者であろう怪人が2人も現れた。
イスティアと呼ばれた女性型の怪人が剣を片手に突貫してくる。
コチラはテント用具などを背負っているので動きづらいというのに。
ズバッ!
ギリギリで、上段からの振り下ろしを避けたと思ったが、
ハラリ
リュックのチェストストラップと左のショルダーハーネスを両断されていた。
ズシ……
右肩にリュックの重さが乗りバランスは最悪、おまけに動くたびにリュックがパカパカと動く。それでも何とか術で応戦する。
フシミ「水龍斬!」
イスティア「おっと!」
咄嗟に距離を取る怪人、そこへ、すかさずフズンの矢が飛んでくる。
敵が術を剣で受けるだろうと予想していたフシミは追撃しようにも飛んできた矢に気勢を削がれた。
フズン「気をつけろ!ソイツの術を剣で受けるな!」
イスティア「わかってるよ!」
タッ
一気に間合いを詰められ、怪人の刺突を後ろに避ける。
グラッ
フシミ「あ、やばっ」
ズルっ!
バランスを崩したフシミは、短い悲鳴と共に、リュックの重さに引っ張られ山を滑落してしまった。
(…………ドン……!)
すごく下の方で何かが地面にぶつかる音がする。
イスティア「やったか?!」
フズン「この霧じゃ確認のしようがないぞ。」
イスティア「降りて、死体を確認してから本部に報告だ。」
フズン「行こう。」
山の頂上付近から滑落したフシミはリュックを下に落ちたおかげで死なずに済んでいたが、全身を強く打って気絶していた。
キリはフシミのいる山の麓まで覆っていた。そこへ人影が一つ霧の中から現れた。
???「おや?コイツ死んでないのにここへ来るとは、よほど運のないヤツなのだろう。どれ……」
そう言うと、男はフシミを担いで近くの山小屋に連れて行った。
それから何時間経ったのだろう?ようやくフシミは目を覚ました。
フシミ「ここはどこだ?山小屋の中?薄暗いな。地獄じゃないよな?」
男「まだ生きてるぞお前。まあ、地獄と似たようなとこだがな。」
声のする方を見ると、今では見ない縄文時代の貴族の姿をした男性がわらじを編んでいた。
目がかすんでいるのか男の顔だけボンヤリしていて、その特徴は分からない。とりあえず、その輪郭はシュッとしていて、ハンサムなのだろうと思う。
フシミ「アンタがここまで、運んでくれたのか?」
ナガスネヒコ「まあな、ナガスネヒコだ。ここにいる間は俺のことはそう呼べ。」
ナガスネヒコ?昔、学校の歴史の授業で習ったか?陰陽師の試験の時だったか?なんとなく、うっすらと、覚えている。今どきの名前にはない。
ドンドンドン
その時、扉を激しく叩く音がする。
ナガスネヒコ「なんだ?全く今日は、迷い人の多い日だ。」
どちら様?
と作業を止めたナガスネヒコが玄関に手をかけると扉は蹴破られて、見知った怪人が2人ズカズカと小屋の中に入ってきた。
イスティア「見ろ!ここにいたぞ!」
フズン「生きてやがった!なんて運のいいやつなんだ!」
フシミ「う、今さっきの!」
ナガスネヒコ「なんだ?知り合いか?」
ナガスネヒコが後ろのフシミに振り向いた時、イスティアが持っていた剣を振り上げた。
フシミ「ナガスネヒコ!」
ヒュッ!
ハラリ
咄嗟によけるも剣でナガスネヒコ右の髪の毛の束がほどける。
ナガスネヒコ「あ!テメー!」
怒ったナガスネヒコが腰にさしていたナタを抜いてイスティアに切りかかった。
ナガスネヒコ「女だからって容赦しねーぞ!戦で剣を持つやつは平等だ!」
シュッ!
イスティア「おっと!当たるかよ!」
フズン「ソイツも敵か?!イスティア!」
2人の怪人は山小屋から退いて距離を取った。ナガスネヒコはそれを追って小屋の外に出る。
フシミ「あ、ナガスネヒコ!矢が飛んでくるぞ!」
ドシュン!
そう叫ぶ間もなく、ナガスネヒコめがけて矢が飛んでくる。
バキ!
フズン「ぬ?!」
ナガスネヒコは器用に飛んでくる矢を切り払った。
ナガスネヒコ「もう勘弁ならん!お前らそこになおれ!」
イスティア「やなこった!」
フズン「死ね!原始人!」
矢を弓につがえるフズンとナガスネヒコめがけて突貫するイスティア。
しかし、彼は童謡を口ずさんでいる。
ナガスネヒコ「むーすーんで、ひーらーいーて、てぇをうってー、むーすんでー……。」
フシミ「えぇ?!ナガスネヒコ!」
イスティア「もらった!」
ガキィン!
ナガスネヒコが持っていたナタはいつの間にか柄の長い剣に変わっていた。それでイスティアの一撃を受けている。
ー八柄の剣ー
フシミの頭に声がする。なんだ?俺はこの技を知ってるのか?
ナガスネヒコ「ハチのヒレ!」
怪人の腹に手を当ててそう叫ぶと、
ボン!
無数の光弾が怪人の体を突き破った。
イスティア「うぐえ!」
フズン「あ!い、イスティア!」
力なく倒れる怪人。
ナガスネヒコ「次はお前だ!」
そう言うと、彼は足元の石を一つ掴んで空に放り投げた。落ちてきたそれを手で包む。何かが、どんどん加速するような音がして、ナガスネヒコの手が光る。
フズン「一時撤退する!」
逃げる怪人めがけて、
ズドーン!
空を切り裂く轟音とともに手から石が放たれる。
すでに霧の向こうに消えていた怪人に石が当たったが定かではない。
ナガスネヒコ「逃げられたか?」
フシミ「ナガスネヒコ、今のは?」
ナガスネヒコ「クサグサノモノノヒレ。十種の神宝の一つだ。」
俺が追い求めていたのはこれだと確信したフシミはナガスネヒコに跪いた。
フシミ「俺にもその技を教えてくれ!」
ナガスネヒコ「は?やだよ。」
フシミ「頼む!一つだけでいいんだ!俺はアイツラと戦わなくちゃいけない。今の力が必要なんだ!」
ナガスネヒコ「今の奴らと?」
男は足元に絶命し転がっている怪人を見やった。
ナガスネヒコ「……一つだけだぞ?」
フシミ「ありがとう!師匠!」
ナガスネヒコ「うわ、そんなんで呼ぶな!ちゃんと名前で呼べ!」
ナガスネヒコ「…………この歌は知ってるか?」
フシミはさっきの童謡を聴かされた。知ってるも何も現代にも語り継がれている歌だ。
フシミはハッとした。
フシミ「手印だ。」
“開いて"は在。
“手を打って"は前。
あの童謡は手印の形を表したものだ。では結んでとは?
ナガスネヒコ「烈在前。コレを頭の中でやるんだ。」
すると彼の持っていたナタが今さっきと同じように八柄の剣に変わる。
ナガスネヒコ「八柄の剣の本当の力はこんなもんじゃない。見てろよ。」
ブン!
ドカァ!
彼が勢いよく剣を振ると目の前にあった大岩がパカッと割れた。
フシミ「すごい!」
それから残りの期間はフシミはナガスネヒコについて修行に励んだ。水龍斬に八柄の剣を取り入れる。
基礎はそこそこにすぐにフシミは新しい技に取り組んだ。
ナガスネヒコ「まぁ、基礎は十分できてるからなキョウシロウは、あとは実戦だわな。」
フシミの修行を藁作業をしながら見ていたナガスネヒコはポツリとつぶやいた。
ナガスネヒコ「似てる。」
フシミ「?」
ナガスネヒコ「お前、どこの生まれだ?」
フシミ「ゲントは稲荷山、フシミイナリですけど、それが?」
ナガスネヒコ「なるほど、稲荷山か!どおりであのお方に似てるわけだ!」
フシミ「はぁ、誰かに似てますか?」
ナガスネヒコ「下山したら、ちゃんと墓参りに行けよ。ハハハ!いや、縁というものはこんなふうにして現れるのだな!」
墓?この人の言う墓とは?
フシミ『あ、古墳かな?』
予定していた一ヶ月がたちフシミはナガスネヒコに礼を言って下山した。
ナガスネヒコ「いずれまた会おう。」
フシミ「ナガスネヒコ、ありがとうございました!」
結局、新しい技は形こそできていたが、ナガスネヒコのように大岩を割るほどまでには至ってなかった。が、それでも大きく削るまでには成長していた。
フシミ「後は、帰って天満宮で修行をすればいい、必ず、ものにしてみせる!」
あ、そうだ。帰る前に古墳によって行こう。フシミは寄り道をして帰ることにした。