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呪い

 とある一年生の入学したての女子生徒が、下校時間の七時直前に一人で自分のクラスに残っていた。その女子生徒はおもむろにハサミを取り出し、自分の机を思いっきり突き刺した。

「私は…、落ちこぼれてなんてない…。みんな私を馬鹿にして…。でも、あいつだけは、姫野(ひめの)だけは絶対に許さない。」

 その女子生徒は泣きながらぶつぶつと言っていた。まるで念を込めるかのように。

「私はこの高校に入ったんだ。なのにあいつまで入ってきて。いきなり私を馬鹿にして…。」

 女子生徒は合格発表の数日後のことを思い出していた。

藤堂(とうどう)さん、あなたこの高校によく受かったわね。家と顔だけが取り柄の落ちこぼれさんなのによく頑張ったわ。でももうあの高校にはついていけないでしょう。藤堂の御家の恥になる前に辞退したらどう?』

 藤堂という女子生徒は、受験を決めたその時から言われ続け、合格してもなお言われ続けた。

 そして、その馬鹿にしてくる姫野という女子生徒とは皮肉にも高校で同じクラスになってしまったのだった。

 また中学の時みたいに、同じように馬鹿にされ続ける。

 藤堂という女子生徒は、自分の勉強のできなさを自覚していた。しかし、馬鹿にされないため、家の名誉のため、藤堂という家の出身であるという意地のため、必死に勉強してこの高校に入ったのだった。

 だからこれからはもうこの高校では下の順位になっていくだろうということは自分自身でも見当はついていた。だからこそ怖かった。姫野にまた馬鹿にされ続けるのではないか。そしてクラス中にそれが広まって、学年中にそれが広まって、大きな企業の家の出なのに勉強ができないことを馬鹿にされて、勉強もスポーツもできる兄と比較されて、もしかしたら兄も、ほかの人からこんなできない妹がいるのだと馬鹿にされるかもしれないと、藤堂という女子生徒はとても怖かった。そして姫野のことをとても憎らしいと思った。

「あいつさえいなければ…。」

 そういいながら、もう一度、自分の机をハサミでドンッと突き刺した。


 新しいクラスになってからやっと一週間が経とうとしていた。

 悟志(さとし)はクラスの中を見渡した。皆いきいきとしていて、まさに純白な高校生という感じだ。しかしそんな中、浮かない顔をした男子生徒が一人いた。

 悟志は彼のことが気になったが、なかなかの強面で近づきがたい雰囲気を感じた。よく見たらやっぱり、このキラキラした雰囲気のクラスになじめない生徒もいるのだなと思っていた。そう思っていたのだが…。

 金曜日が終わり、土日が終わり、次の週の月曜日。皆が仲良さそうに話している中で、やはりその生徒だけが浮かない顔をしている。それはクラスになじめないとか、キラキラした雰囲気に苦しんでいるとかそんなものではないなと悟志は直感した。

 悟志は意を決してその生徒に話しかけてみることにした。

「やあ、その、なんだか浮かない顔をしているね。このクラスがなじめないかい。」

 悟志はあえて、クラスになじめないのかという風に質問した。実際違うことで悩んでいるようではあったが、どうしたのかと聞くよりかは、なにか指定して聞いた方が相手の感情も答えもわかりやすいと考えたからだった。

「あ?ああ…、いや、そういうわけじゃないが、そうともいえる。」

 悟志は最初の「あ?」がものすごく怖かった。いかついとはこういうことを言うのだと思った。しかしそれと同時に「そうともいえる」という言葉ははったりであるということはわかった。しかし、そのはったりを悟志は待っていたのだった。

「そうか、ならクラスになじめない者同士仲良くならないか?」

 悟志は似た者同士という名の下でその男子生徒に入り込んだ。

「名前は…、えーっと。」

 悟志はわざとらしく言った。

藤堂(とうどう)だ。そっちは?」

世見津(よみつ)。よろしく。」

 そういうと、悟志はこのクラスの印象を話し始めた。

「このクラスはなんだかいい雰囲気だ。僕はまだなじめないけど、最初の委員決めとか今の二週間目でこれだけいろんな人がグループにとらわれず交流していることとか、まあある程度はグループ出来てるけどさ、それでも和やかじゃないか。」

「ああ、そうだな。」

 藤堂は悟志の話をまるで受け流すように、興味なさそうに聞いていた。というより、悟志の見立てではそれどころではないといったような感じに見えていた。しばらくクラスの中のことについて話していた。そして悟志は切り込んだ。

「で、結局一体、なにに悩んでいるんだ?」

 いきなり質問が切り替わり、藤堂は驚いた様子だった。そして少し怪訝そうにした。それはどうしてそんな反応を見せるのか。いきなり質問が変わったことに驚いたのか、いやそうには見えない。では、悟志が近づいてきた本当の理由は仲良くなるためというより悩みを聞き出すためであると藤堂が悟ったからか、それはありえる。それとも、その悩みというものが相当藤堂の中では深刻で、悟志の軽い質問の仕方に少し憤ったのか、それもありあえる。

 悟志は、あえて可能性があるが可能性が低い方を言ってみた。

「そんな顔しないでくれ。僕が話しかけた理由が仲良くなるためじゃなく、別の悩みを聞き出すためだったと思って失望してる?」

 悟志はあえて普通に話した。あまり腰を低くしすぎるとこの質問の意味がなくなってしまう。本気で怒られるかもしれないと思ったが、そこは割り切ることにした。

 藤堂は言った。

「たとえそうだとして、そんなことだけで俺が動揺も失望もすることはない。なれ合いも嫌いじゃないが、今はそんなことはどうでもいいしな。」

「そうか、それくらい本当の悩みは深刻なんだな。」

 藤堂は悟志を睨みつけるように見た。しかし悟志にはわかった。そこに敵意はないということが。そして、この男は誰かに助けを求めるということや、弱みを見せることが大嫌いなのであるということが。

「できるなら聞かせてくれないか。その本当の悩み。」

 藤堂は「はあ」とため息をついた。そして諦めたような顔をした。まるですべて見透かされているようで、悩みを抱えていることもばれたし、もういいかという感じだった。そして藤堂は言った。

「面白いな世見津。でも世見津なら何か聞き出せるかもしれないな。」

 悟志と藤堂はそんな話をにぎやかな教室のど真ん中でやっていた。

黒板正面向かって左斜め後ろには加治(かじ)のいるグループが仲良さそうに話している。そのすぐ近くには翡翠(ひすい)とその友人が話している。がり勉君は博識に何かを披露し、女子と男子でなにかを話している人たちもいる。周りの生徒も楽しそうに話をしている。

 悟志と藤堂は無意識に誰にも聞こえないような声量で話していた。

 しかしここからは本当に誰にも聞かれたくないからか、藤堂は少し移動しようと席を立って、教室を出た。悟志もそれについていった。


「俺には妹がいて、妹は今年からこの高校に入学した。ただ妹はずっと昔から何かに悩んでいたようだった。でもそれは絶対に誰にも言わなかったし、顔や態度には出ていたが、本人は必死で隠そうとしている様子だった。それはいいんだ。俺と同じで人には弱みを見せたくないタイプなんだろうし、まあ心を病まない程度に悩んでくれていい。だが、この高校に入ってきて気がかりなことがある。帰りが遅い。この高校は夜七時までに全生徒下校しなくてはならない。家に帰ってくるのが九時過ぎることさえあるんだ。」

「まだ一週間しかたっていないぜ?それにそれって学校外で寄り道しているとかじゃなくて?」

「いや、先週水曜日気になって妹のクラスを下校時間直前で見に行ったことがあった。そしたら妹が席に座っていたんだ。その時は声かけて、その校則のことも伝えて一緒に帰ったんだが…。そのあとも木曜も金曜も帰るのが九時過ぎで何をやっているのか気が気じゃない。この高校はやばい話も伝わる。このままじゃ妹が巻き込まれるんじゃないか心配なんだ。そもそも一人で何をやっているのかも怪しい。」

 悟志はなるほどと思った。そして事はかなり深刻であるとも思った。藤堂は妹について、心を病まない程度に悩んでくれていいと言っていたが、悟志には、その妹がすでに心を病んでいるように思えて仕方ないのだ。

 そして悟志は不気味に思った。なぜこのような妙な噂がある学校で一人少女が居残りをしているのか。普通ならそんな妙な噂がある学校で教室に一人ぎりぎりまで残るなんてことは恐ろしくてできやしない。入学したてで噂を知らないのか。しかし校則のことは話したということはその話もしただろう。複数人でいるならまだわかる。変な生徒が肝試しでもしているのだと。しかし一人となると訳が違う。なにか、この学校だからこそできることがあるのではないのか。悟志はそう思った。

その何かはわからない。しかしいずれにしても、この学校のことを知ったうえで、一人で居残るという妙なことをやっているという事実は変わらないのだ。

 悟志はその妹に一度会ってみたいと思った。藤堂にそれを話したら、ぜひ話してみてくれということだった。

 藤堂の妹には今日会えるだろうとのことだった。今日の六時過ぎくらい。そのころにはどの教室も生徒はほぼいない。そのくらいに一年生の藤堂の妹がいるクラスに行こうということになった。

 そして一日の学校の時間が終わる。

 悟志のクラスはこれから部活に行く者、帰る者、少しだけクラスメイトと話して帰る者、いろいろな人がいる。そんな中、悟志と藤堂はクラスに居残り、今のうちに宿題をすませるのであった。

 藤堂はあっという間に宿題を済ませ、スマホを見ることもあったが、どこか落ち着かない様子だった。

 しかし、悟志は宿題終わるの早すぎないかと思っていた。悟志は教科書で調べながらやってようやく今半分過ぎたあたりだ。とにかく六時までには終わらせなければと思い、必死でやった。悟志は宿題をこんなに必死でやったことはないと自分で思っていた。

 悟志が宿題を終えるころ、五時三十分だった。なかなかいい時間になったと思った。周りの生徒はいつの間にか帰っている。宿題に集中しすぎて周りすら見えなくなっていたのだった。

 ちなみに藤堂は本当に宿題をちゃんと終わらせたのかと思い聞いてみた。

「なあ、藤堂君。宿題終わるのめっちゃ早かったけどほんとに終わったのか?」

 藤堂は無言でリュックの中をあさりだして、今日の宿題の一部を見せた。悟志は驚いた。完璧だった。さすが藤堂。たしか町で有名な会社の家柄だったなと思った。勉強もこんなにできて当たり前なのだろうかと恐れおののいた。

「やるね…。」

 悟志はそっと返した。

「別に『君』つけなくていいぞ。俺も世見津って呼んでるしな。」

「そうか、わかったよ、藤堂。」

 二人の距離感はこの一日で確かに縮まっていた。


 時間は六時を過ぎた。

 じゃあいくかと、藤堂の妹のいる教室へ向かった。しかしに三人の生徒が残っていた。そして一人席に座っているロングヘアの女子生徒がいた。あの座っているのが俺の妹だと藤堂は言った。

悟志と藤堂は少し様子見をして、いったん教室へ戻った。まさかまだほかにも生徒がいたとは。あまりおそくなると七時過ぎてしまう。六時半になった時点でもう一度いって、それでも他生徒がいたらもう仕方がないから乗り込もうということになった。

 そして六時半になり、再び一年の教室へ行った。すると廊下を歩いているとき、ちょうど一人教室から出たところだった。やっと行ってくれたかと思い、あと二、三十メートルほど歩いて、藤堂の妹の教室を見ると、藤堂の妹のほかに一人の別の女子生徒がいて、まだ残っている人がいるのかよと呆れた時、藤堂の妹がおもむろに立ち上がり、その女子生徒のところへ行った。女子生徒は後ずさりしている。よく見ると、藤堂の妹は手にハサミを持っている。

「おい、藤堂何かやばくないか⁉」

「ああ!待っててくれ俺が行く!」

 と、藤堂が教室に入ろうとした途端、藤堂の妹が歩いて行った先の目の前の机にハサミをドンッと突き刺した。

 暗い教室、廊下。そこに月明かりが差す。それ以外はあたりが真っ暗だ。悟志も藤堂も何が起きたかわからない。

 教室には二人の姿はなかった。

 藤堂は言った。

「おい…、何が起きた。世見津、真っ暗だ、停電か?二人もいなくなった。」

「静かすぎる。」

 悟志も藤堂も今起こっていることに混乱していた。

 二人は数分間ほど立ち尽くした。外の様子もおかしい。さっきまでこんなに真っ暗じゃなかった。空はもう夜だ。いつの間にかそんなに時間が経ったのか?と思った。

「時間…?」

 悟志は言った。

「今何時だ!」

 悟志と藤堂は慌てて、教室の中に入り時計を見た。

 八時半。時計の針はそう示していた。

「は?」

 二人はまた動けなくなった。この高校の八時半。それは何を意味するのか。二人はそれをとっさに理解した。

「そんな馬鹿な。さっきまで六時半だったのに何で二時間も経ってるんだよ!まずいぞ、この学校の八時半は!」

 悟志は慌てたように言った。

 藤堂は眉間にしわを寄せていた。悟志はその様子を見て思った。きっと藤堂は今自分が置かれている状況よりも、妹が消えた方が心配なんだと。

 悟志はわかったといった。藤堂の妹を探しに行こうと。藤堂はそれを聞いて安堵したようだった。

 藤堂は悟志がそう決断してくれたことを尊敬した。今明らかに普通じゃないことが起こっているにもかかわらず、自分の妹を探そうといってくれた悟志に感謝していたのだった。

 そして藤堂は悟志に「頼む」といった。

 まずは教室にはいないことを、まわりを見て確かめた。教室にいないならと、二人は教室を出て、それぞれ反対方向から探し出そうと手分けすることにした。悟志はまず職員室へ行こうとした。さすがにこの時間にはだれもいないかもしれないが、いるかもしれない。そんな希望を抱いて職員室へ向かおうとした。しかし遠目から見てももう電気はどこもついていなさそうだ。

 教室のある校舎から渡り廊下に入ろうとしたとき。

「きゃあああああああ!」

 と、声にならないような悲鳴が聞こえた。それはまさに今いた教室のある校舎からだった。

 悟志は走って戻って、今いた教室のある校舎にたどり着いた。すると、なんということか、今いた教室の前に机がバリケードのように乱雑に重なっているではないか。その下に埋まるように女子生徒が助けを求めていた。

「あああ、たす…け…。」

 藤堂の妹と教室に残っていた女子生徒だ。

 見つけたぞと悟志は思った。悟志が駆け出す、机のバリケードの向こうに藤堂も帰ってきたのが見えた。

「藤堂!こっちに女子生徒がいる。妹じゃない方だ!」

「本当か!でも妹はどこに。」

 走りながらそう言っていた途端に、その女子生徒が

「ああああ、痛い痛い痛い!」

 と叫び出した。

「おい、どうした世見津!」

 藤堂が叫んだ。

 悟志は目を疑った。その女子生徒が、机の中へ引きずり込まれていたのだ。もう足は飲み込まれている。腰から足の付け根にかけて引っかかっているのか、それでも少しずつ机の中に引きずられている。

「なんだこれは!」

 悟志は、その女子生徒をつかんで引っ張った。しかし力では到底太刀打ちできない。

「痛い痛い痛い!」

 女子生徒は余計に叫んだ。どんどん引きずり込まれていく。

「くそ、まじでなんなんだ!」

 悟志がそう言った瞬間。ドガンと上から音がした。乱雑に積まれていた机が崩れてきたのだ。

「うわあああ!」

 悟志は腕に当たってしまい力が入らなくなり放してしまった。そして、女子生徒は机のバリケードの奥深くに女子生徒を食おうとしている机ごと吸い込まれていった。悟志はなだれ落ちてくる机を受けた。

「痛ぁぁ。」

 そしてその机の塊は反対にいる藤堂の方へ動き出した。なだれ落ちてきた机も塊として一緒に動いている。廊下を埋め尽くす机の塊だ。

「お、おい、藤堂、机の化け物がそっちへ…。」

 悟志は痛がりながら言った。藤堂もどうすればいいのかわからなかった。さすがの藤堂もこんな光景を見てしまってはどうすることもできないのだ。

 しかし、藤堂が立ち尽くして考えていると、机の塊から声がした。

「お兄ちゃん…、どうしよう…。どうしよう…。」

 声はどもっていたが、藤堂に向かって言っているのは確かだった。

恵子(けいこ)?恵子なのか⁉」

 藤堂は取り乱したように叫んだ。するとまた机の塊から声がする。

「お兄ちゃん…。お兄ちゃん…。」

 藤堂は机の塊の化け物にとびかかった。その様子を悟志は反対側から見ていた。

「今の声は妹さんの声なんだな⁉」

 悟志は言った。そして、藤堂はそうだ、きっとそうだ、と机の塊に上って机をあさり始めた。

 机の塊は、机だけでできているわけではなさそうだ。謎の黒い糸がしつこいほど絡まっている。そして、机の影はうごめいて、それすらも粘着性のあるように力を入れないと外れない。

 そうして机の塊をあさってゆくと、顔が見えた。

「恵子!」

 藤堂の妹だった。机の塊の中に藤堂の妹が埋もれていた。

「いたのか!」

 悟志は叫んだ。藤堂はそうだ!といって、無我夢中で妹を助け出そうとした。机の脚や黒い糸、影が藤堂の妹の体にまとわりつき、腕脚胴体に絡まりついていた。藤堂はそれを必死で解くが、その最中にも机が横から体当たりしてくる。飛んでくる机は時に脚から飛んできて、藤堂の体へ当たり、わき腹やみぞおちにも突いてきた。それでも藤堂は意に介さず妹を助けるのに必死だった。

 悟志はその様子がよく見えないが、とにかく反対側に藤堂の妹がいるらしい。

「おい藤堂、僕もそっちに行くからな!」

 悟志はそう伝えると、机の塊の反対側へ駆け出した。

「すまない…、頼む…!」

 藤堂は悟志に痛みをこらえながらできるだけ声を発した。それは自分自身に気合を入れるためでもあった。

 悟志は反対側へ走った後、階段を上って二階の教室の前をかけ出した。二年生の教室が並ぶそこには、さっきまで自分のクラスメイト達が楽しそうに会話していた教室もある。そんな中を悟志は痛みをこらえて駆けてゆき、教室並ぶ反対側の階段までついて、再び一階に降り、迂回した形で藤堂の元へ駆け出した。

 廊下に至ると、向こうでは机の塊が見え、その中腹あたりで藤堂が必死に机を格闘しているのが見える。悟志は全力で走っていき、こう言い放った。

「お前は何のために存在する!」

 その瞬間悟志に流れ込んでくる情報。悟志はサトる力を使った。

(私は何のために生きてる?こんなことして。何のために生まれたの?みんなに馬鹿にされて。お兄ちゃんに迷惑かけて。なんのために存在してるの?)

(恵子ちゃんの願いをかなえるために、恵子ちゃんのために存在してる。恵子ちゃんのために姫野をこの世から消す。そして恵子ちゃんと一つになる。恵子ちゃんのために。恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん恵子ちゃん。)

「‼」

 悟志はぞっとした。机の塊の心を読んだのに、二つの心が流れてきたのだ。

 自分の兄に迷惑かけていると感じている心は藤堂の妹の心だろう。相当心が病んでいる。そして恵子とは藤堂の妹のことだ。藤堂が恵子と呼んでいた。その恵子の名を呼ぶこの者はいったい何者なのか。藤堂の妹は何かを後悔している。「こんなことをして」と悔やんでいる。いったい何をしたのか。

悟志は短い時間で思考を回転させた。

「みんなに馬鹿にされて」。「恵子ちゃんのために姫野をこの世から消す」。これがヒントだと悟志は思った。

(きっと藤堂の妹は姫野という生徒に何かされてきたんだ。その女子生徒に一矢報いるため、いや本当に消すために呪術、呪いを行ったのか!)

 悟志は走りながらそれを理解した。そしてあと少し。

 藤堂は自分の妹に絡みついているものを解き、払いのけ、

「うおおおおお!」

 と、声を荒げて妹を引っ張り出そうとしていた。

 机の塊の攻撃も激しさを増す。藤堂はそれも意に介さず妹を救うことに専念している。

 そこへ悟志が藤堂の妹に向かって走りながら諭した。

「藤堂の妹!君はこの行いを改め、なかったことにすべきだ。姫野のことはもう一切を気に留めるな。姫野に人生を狂わされるな。君は君だ。そして頼れる兄がいるじゃないか!この呪いから解き放たれろ!」

 すると、藤堂の妹は、

「もういい。こんなこともういい。もう姫野なんてどうでもいい。」

 と、心の声として振り絞った。

 そのとたんに、藤堂の妹にまとわりついていた、机の脚や黒い糸、影などの力が一瞬弱まった。藤堂はそれを見逃さなかった。

「恵子ぉ!」

 藤堂は叫び妹を引っ張り出し、ついに藤堂の妹は机の塊から抜け出したのだった。

 しかし、机の塊はそれで終わらなかった。

 藤堂の妹が抜け出した瞬間

「あああああああああああああああああああああ!恵子ちゃあああああああああああああああああああああんんんんん!!!!!」

 と、奇声を発し、黒い糸と影の塊が藤堂と藤堂の妹に襲い掛かってきた。

 そこへ走ってきた悟志は割に入った。悟志は藤堂兄妹を後ろへ放り投げて、自分はその重心のまま黒い糸と影が襲ってくる机の塊の方へ倒れ掛かった。そして黒い影と糸に拘束され、吸い込まれていく。

「世見津!!」

 藤堂は叫んだ。自分たちをかばって机の化け物に吸い込まれていく悟志を見て、

「世見津ぅぅぅ!!!」

 と叫び、放り投げられたそのまま地面に妹をかばうようにたたきつけられた。

 机の化け物は言った。

「お前じゃないぃぃぃぃぃ!!!」

 そういいながらも食らうためか、引きずり込んでゆく。

 しかし悟志は冷静に返した。

「そうだろうな。僕だったら意味がない。君に必要なのは藤堂恵子だ。藤堂恵子が君を呼んで君を頼って君を形あるものにしたのだから。その藤堂恵子が君の元からいなくなったら、藤堂恵子の願いが本心から絶たれたら、君は用済みだ。君はまたこの世から姿を消す。」

 机の化け物は

「いやだああああああああああああ、恵子ちゃああああああああああああああんんん!」

 と、叫びながら悟志を飲み込もうとした。

 悟志にとってはそれでもう終わりだった。

「恐怖したな。自らが消滅することに。僕に恐怖心を読まれた時点でおしまいだ。悪いな。心をサトり、サトす能力ってな。そういうわけだ。消えてくれ。もうお前は必要ない。」

 そう悟志が言い放った瞬間、机にまとわりついていた、悟志を引っ張り縛っていた黒い糸や影が一瞬にしてはじけ飛ぶように消えた。そして、机の塊はまとまりの力を失ったようになだれ落ちていった。

 悟志は引っ張られた時のその勢いのまま、机の塊に勢いよくたたきつけられた。

「世見津!おい、大丈夫か!」

 藤堂は妹を抱きかかえながら悟志の元へ駆け出した。

 悟志は、

「イッタい。まじで痛い。全身打撲じゃないかこれ…。」

 といった。藤堂は生きてたかと安堵した様子だった。そして悟志も藤堂の妹を気遣った。藤堂は「大丈夫そうだ」といい、安心した様子だった。

 そして悟志は、そういえばと。

「女子生徒が机に飲み込まれていた。この机の塊のどこかにいるはずだ。」

 といって、机の塊を漁ると、当の女子生徒がひざ下まで机の中に入った状態で倒れているのが見つかった。

「気を失っているだけだな。」

 と悟志は言った。そして悟志は思った。

(おそらく、この生徒が姫野という生徒なのだろう。)


 藤堂と悟志はそれぞれ、藤堂の妹と姫野という女子生徒を抱えて学校の敷地外へ出た。時間は九時前だ。

「これで一安心だろう。散乱した机はもう、明日知らんぷりするしかないな。」

 と、悟志は言った。

 藤堂は「そうだな」といいつつ、何か気になっている様子だった。

 そして口を開いた。

「なあ、世見津。さっきお前が言っていた能力って…。」

「全文聞かれてたよな…。あれは仕方なかったんだ。言わないといけなかった。でも本当さ、君の心だって読めてしまうよ。」

 悟志はそう言って、藤堂の方を見つめた。それで藤堂が恐怖してくれると思ったからだ。しかし、藤堂は恐怖しなかった。そしてこういった。

「そうか。すごいな。普通なら嘘だろと思うけど、こんなことがあったからもう信じるしかない。」

悟志はすんなり受け入れられたことに驚いた。

「まいったな、全然怖がってくれないじゃないか。恐怖心がないとサトせないんだけどな…。あと悲しみとかでもできるけど、今そんな感情絶対あり得ないしな。まいったまいった。」

「誰が怖がるかよ。妹を救うのを手伝ってくれて、命までかけてくれたんだ。一生の恩人だよ。ありがとう。」

 藤堂は悟志に深く感謝した。

 そして悟志は言った。

「ちなみに誰にも言わないでくれよ。この能力のこと。」

「わかってるよ。」

 悟志は今まで自分のためにこの力を使ってきたが、こうして能力を使って誰かを助けるというのも悪くないかもしれないなと思うのであった。

 結局、時間が急に進んだのも呪いが発動したからだろうと二人は結論づけることにした。

 翌日、一年生の廊下に机が散乱していたのは学校中で大きな騒ぎとなり、再びこの学校で怪異の話が持ち上がることになった。そして学校の怪談が増えていくのである。

 藤堂の妹恵子は、何日か休んだ後に学校へ普通に登校することになった。

 姫野という女子生徒は数か所打撲しており、まだ学校には登校していない。次また何か報復でもしようものなら悟志が能力を使って強制的に藤堂の妹恵子と距離を置くようにサトすつもりである。

 悟志も藤堂も机にぶち当たっていたので全身打撲だったが、翌日から学校に来ている。そして机の騒ぎの件ではクラス内でも話題になったが、二人とも一切知らないふりを突き通すのであった。

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