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竜巻とつむじ風

「私、今日朝ご飯抜いてきた〜」


「私なんて昨日の晩から抜いてるよ」


 ある女子は不幸自慢のように軽い口調で話すと、またある女子は光の灯っていない虚ろな瞳で返す。

 話しかけた方の女子は手で口を押さえ、驚嘆の声をあげていた。


「俺、絶対五センチぐらい伸びてる」


「いや、お前去年からたいして伸びてねーよ!」


 ある男子が胸を張って堂々と宣言すると、別の男子が勢いよくその頭を叩く。

 すると、彼らの後ろから一九〇センチはありそうな男子が現れ、みんな一斉に伸びただけだから気づいてないのかもしれないぜと言った。

 その様子にはどこか余裕が感じられる。


「すぅ……はぁ……」


 俺は一度目を瞑り、深呼吸をして心を落ち着かせる。

 そう、なにを隠そう今日は女子も男子も一喜一憂する学生生活の一大イベント……身体測定があるのだ!

 もちろん、俺もこの日のために日々努力を重ねてきた。


「よう御崎、何だ怖い顔して?」


「今日は決戦の日だから」


 俺はクラスメイトの男子を見上げながら返事をする。

 そうだ……いつも俺は見上げてきた……

 男子も、女子も、年下だって基本的には見上げてきた……

 だがそれも今日で終わりだ。ここで俺はみんなよりも数センチ長く身長が伸びていることが判明するはずだ。

 そして、その僅かな差が積み重なることで俺はやがて高身長になれる……


「っと、そろそろ俺の番か……」


 さあ、新たな日々の始まりだ……!



――



「何やってんのよ」


「……」


 返事がない。ただの屍みたいね。

 体育館でうつ伏せになっている御崎を見て昨日と同じ感想を抱く。


「……た」


「なんて?」


 私はしゃがみ込み、御崎の声を聞き取ろうとする。

 ここまで落ち込んでいるのだ。きっとなにか重大な事件でも起きて……


「身長……〇・二センチしか伸びてなかった……」


 なかった。

 あまりのくだらなさに思わずため息が出る。

 しかしながら御崎にとっては一大事だったようで、うつ伏せのまま嗚咽混じりに話しだす。


「なんで……一五三センチって……小学生にも負けるじゃん……」


「まあ……世の中身長じゃないわよ……」


 私は優しく御崎の背中をさする。

 そして、可能な限り声音を柔らかくして続けた。


「ちなみに私は三センチ伸びて一七四センチよ」


「ひぐぅ!!」


 御崎が奇声をあげてプルプルと小刻みに震えだした。ゲームで処理落ちして地面に若干めり込んだときみたいだなと思いながら立ち上がる。

 そもそも身長がなんだ、そんなもの高かったところで地下鉄の駅が窮屈に感じるだけだ。

 私にとっての天王山はここからなのである。


「身長測り終わった人から体重測定してね〜」


 保険の先生の声が響き渡る。

 この一年間、ときには壁を駆け抜け、ときには縦横無尽に動きながら格闘をしていたのだ。

 きっと私はこの決戦に勝てるはず……

 覚悟を決め、歩を進める。この先に、明るい未来があると信じて……



――



 なんとか立ち直り、体重を測り終えたら緋崎が死んでいた。

 何を言っているかわからないと思うけど、俺もわからない。間違っても緋崎は体育館の真ん中で寝転がる人間じゃなかったはずだ。


「……てた」


「え?なんて?」


「増えてた……」


 緋崎の声はとてもか細く、少しでも離れればこの体育館の喧騒にかき消されてしまいそうだ。

 彼女は静かに、嗚咽混じりで語り続ける。


「知ってたわよ……毎日測ってるんだし……でも、もしかしたらって期待しちゃうでしょ……」


 流石にこの状況の緋崎にさっきの仕返しをするのはひどすぎるだろう。

 そう思った俺はフォローの言葉を考える。そもそも身長が伸びてるんだし、この一年間で筋肉量も増えているんだ。別にこの体重増は太ったわけじゃないだろ。そう言おうとした矢先だった――


「あんこ、僕より重いじゃん」


「ひぐぅ!!」


 緋崎が奇声をあげてプルプルと震えだした。その様子を九は面白そうに眺めている。

 流石にこれはひど……いやでもさっき緋崎に同じことされたな……

 どう対処すべきか悩んでいると誰かの影に包まれた。


「宙峰、人の身体的特徴をいじるとは人として最低限の常識すら兼ね備えてないようだな」


 声でわかる。その影の主は大原先生のようだ。身体測定もほぼ終わり、生徒間の会話に耳を傾けるほど余裕ができたのだろう。

 その怒りは凄まじく、まるで先生の後ろに阿修羅が佇んでいるような錯覚に陥る。しかも五人ぐらい立ってる。


「お、大原先生……いやそのこれは……仲が良いゆえの冗談というか……」


「宙峰」


 目をあちこちに泳がせながら必死に弁明をするが、大原先生はそんな九の首根っこを掴んだ。

 そしてゆっくりとその拳を握りしめる。


「舌を噛まないように気をつけるんだな」


「ちょっ!!まっ!!ぐぼぇ!!!!!」


 ヒュンっという風切り音と共に、大原先生の右手が消えた。

 そして気づけばそれは九のみぞおちに突き刺さっており、聞いたことのない断末魔をあげながら九が崩れ落ちる。達人の領域とでもいうべき早業、まるで魔術でも見せられたかのような気分だ。


「はぁ……まったく……」


 大原先生は手をパンパンと払いながら去っていく。

 俺は先生の背中から目を離し、うつ伏せになって痙攣している二人を見つめた。

 因果応報ってこういうことを言うんだな……

今回の担当、にわた

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