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暴風はかき消せない

 現在時刻は午後四時十分頃、私と御崎は部室で警察への報告書を書いていた。

 スマバで投影した空中キーボードから音が発せられるわけもなく、部室内には運動部の掛け声や吹奏楽部の演奏のみが響き渡っている。

 いつか、こんな何気ない日常にさえノスタルジックさを感じる日が来るのかなと思いながら文字をうち続けているとコンコンとドアをノックする音が聞こえた。

 はーいと返事をするとドアが開かれ、訪問者の姿が見える。


「ちょっと依頼をしにきたのだけれど……いいかな?」


「うわっ……」


 やってきたのはおしゃれさを感じさせるウェーブのかかったハーフアップと身に纏う白衣がどこかミスマッチさを感じさせる女性。 そして奇人の集まり、科学部の中でも特に頭のおかしい生徒―――祀辺(まつりべ)才媛(さえ)であった。


「なんだいその反応は、心外だね」


「そう思うのなら自分の行動を顧みなさい」


 祀辺は三年生で私の先輩なのだが……一切敬う気が起きない。マッドサイエンティストよりの言動をすることが多々あるのだ。 今は科学部の副部長をやっているらしいが、はっきり言って世も末だと思う。


「……で、用は?」


「生徒会と違って本題に早く入れて助かるよ」


 そういうと祀辺はおもむろに椅子に座り、頬杖をついて偉そうに足を組んだ。

 私達の部室だというのに我が物と言わんばかりの態度。 残念ながら、これらは一年生のときに既に馴れてしまっている。


「とある装置があってね、仮入部期間中に使おうと思っていたんだが……残念ながら、始業式の前日に事故って街へ飛んでいってしまったんだ」


「まず事故っちゃダメだろ……」


 これには御崎も思わず呆れ顔。


「いや旗鐘くんがね……」


「ああ……そゆこと」


「それで2人に探してほしいのがこの装置なんだ」


 祀辺はネックレス型の自家製スマバ―――スマート『バンド』じゃなくない?―――を操作し、私達に写真を見せてきた。 そう、それは昨日のよく見た物……というか犯人が使っていたアレ……


「お前のせいか!!!」


 私と御崎の声が重なった。



―――



「そんなことが……」


 昨日あったことを伝えると祀辺は少し眉尻を下げ、頬を掻いた。


「あの装置、てっきりヤクザかなんかがばらまいてるんだと思ってたけど……こんなにしょうもない落ちだったとは」


「本当に申し訳ない……ここは部室改造の件でチャラってことで……」


「部室改造?何よそれ?」


「ん?緋崎くんには伝えてないのかい?」


 そういうと祀辺はエアコンのリモコン……いや、あれちょっと見た目違うな。 知らないリモコンのボタンを押した。

 すると、天井の一部が開いて階段が降りてきた。


「御崎くんに頼まれて隠し部屋を作っといたんだよ」


「何作ってんの!?」


 マジでバカじゃないのかこの2人は……ここはたった一人の常識人としてビシッと言ってやらねば……


「隠し部屋、半分は私によこしなさいよ」


「なんでだよ!!」


 正直、めっちゃほしい。 というか大原先生の目から逃れることができる理想郷(ユートピア)を欲しがらない生徒なんているのだろうか?いや、いない。

 そんなわけで私は御崎から隠し部屋の使用権を得ようと決心した。


「隠し部屋も部室の一部なんだし、私が使ってもいいでしょ」


「科学部に依頼したのは俺だぞ!!あそこは俺の部屋に決まってるだろ!!」


 その後、十分程度だろうか?お互いにあーでもないこーでもないと言い争っていたのだが一向に決着のつく気配がない。 よって、私達は部屋の制作者に全てを委ねることにしたのだが……


「どっちの意見がただし……」


「ほう?二人共面白そうな話をしているな?」


 制作者は既に地に伏していた。


「お、大原先生……いつから……」


 御崎が震えた声で問いかける。


「五分ほど前からだな」


 終わった。言い訳のしようがない。


「二人共、覚悟はいいよな?」


「は、はい……」


 依頼者である御崎は鉄拳制裁を喰らい、私は口頭注意(精神攻撃)を受けた。



―――



「……すか!?……ですか!?大丈夫ですか!?」


「え……?」


 昨日出会った青色の髪をサイドテールにした女子生徒が私の肩を揺さぶっていた。


「よかった……虚ろな目をしながらすぐに報告ってつぶやき続けるから何事かと思いましたよ……」


 そうだ……隠し部屋の存在を知ったなら使用権を得ようとせずに教師に報告しろって怒られたんだった……


「えっと……」


 周囲をぐるりと見回すと祀辺を起こそうとしている掛け布団にくるまった狂人が目に写った。無駄に端正な顔つきなのが腹立たしい。


「おっ、あんこ起きたの?御崎のこと起こしてくんない?」


「あんこじゃないっての……」


 あいつの名前は宙峰(そらみね)(きゅう)、私と同じ2年生で科学部の部員だ。

 男とも女ともとれる中性的な顔立ちをしており、あいつの本当の性別を知っているものは誰もいない。布団こそが正義というだいぶ怠惰な信条を掲げており、常に掛け布団にくるまっている。

 ちなみにあんこというのは私のあだ名だ。なんでも、冬に白いパーカーを着ていた私が大福の中の餡子みたいだったらしい。解せぬ。


「御崎、起きなさい」


「あれ……?なんで倒れて……」


「竜の逆鱗に触れたの忘れたの?」


「ああ、そうだったな……」


「御三方は一体何をしたんですか……?」


 青髪の子が声を少し震わせながら言う。大原先生を知らないあたり、多分1年生なのだろう。


「くっそ怖い先生に怒られただけだぞ」


「なんで九はその先生に怒られてないの……」


 2人は親しげに話している。あんな真面目で良い子と布団バカに関わりがあるとは思えないが、友人だったりするのだろうか?


「っと……自己紹介がまだでしたね。私は一年生の宙峰睡歌(すいか)、九の妹です」


「は?え……?は?」


 彼女の言葉を理解することを私の脳が拒絶する。


「あなたと?あの布団バカが?兄弟?」


「はい、誠に遺憾ながら」


「い、遺伝子の反乱……?」


「流石にそこまで大層なものじゃないと思いますよ!?」


 隣で遺伝子って反乱するものか……?と御崎がつぶやいているがそれは無視する。ちょっと驚いて取り乱してしまっただけだ。


「そういや九と睡歌は何しに来たんだ?」


 御崎は今まで宙峰のことを名字で呼んでいたのだが、妹である睡歌ちゃんが来たことに合わせて下の名前で呼ぶことにしたようだ。こういうフットワークの軽さは少し羨ましい。


「仮入部期間だってのに副部長が全然帰ってこないから誰か呼びに行けって話になってさ、最終的に僕が行くことになったんだよ」


「で、九に任せるのも不安なので私もついてきたんです」


「ああ、それはすまない。ところでそんなに長い間失神してたのかい?」


 時計を見てみると現在時刻は四時五十二分だった。そりゃ捜索隊が出るか。


「じゃあ私達はこれで失礼して……」


 そういったあと、祀辺はふと思いついたような表情を浮かべ、こちらを見つめてきた。


「いや、二人ともこの後暇かい?よければちょっと手伝ってほしいのだが……」


「手伝うって何を?」


 御崎が問いかけたせいで適当な用事でっち上げて断ることができなくなってしまった。

 いや?私だけでも嘘ついて逃げるべきか……?


「仮入部中の一年生たちに君達用の装置を見せてあげようと思ってね。そっちの方がみんなわくわくするだろう?」


 そう言われてしまうと断れない。一年生が可哀想とかではなく、御崎だけだとロマンがどうとか言って変な装置をもらってきそうで怖い。


「はぁ……わかったわよ……」


 そう返事をし、祀辺達についていく。

 廊下に出ると、教室にいたときよりも鮮明に他の部活が発する音が聞こえてきた。

 金属バットと硬球がぶつかって発せられた快音、家庭科室から漂ってくる調理部が作った料理のいい匂い、眩い閃光を放つ理科準備室……


「帰りたい……」


 心の底から、私はそう思った。



―――



 先ほど、見たことがないぐらい光り輝いていた理科準備室へと私達は足を踏み入れた。


「えっと……何があったんだい?」


 祀辺は地面に這いつくばっている女子に話しかけた。おそらくさっきの閃光で目がやられたのだろう。


「その声は……才媛ちゃん……?」


「いや、私は緋崎影奈だよ。好物は御崎くんの血肉」


「とんでもない嘘つくのやめなさい」


「冗談はさておき……」


 祀辺はそう言いながら胸の前で手をパンと叩く。


「旗鐘くん、大丈夫かい?」


「うん、ちょっと閃光弾が炸裂しちゃって……」


 彼女の名前は旗鐘(はたがね)沙華(さな)。科学部の部長で長い前髪で左目が隠れているのが特徴だ。

 肌の白さや目の隈に先ほども言った片目が隠れていることも相まってどことなく幸が薄そうに見える。

 とはいえ人は見かけによらないというように彼女も別に薄幸体質ではない……


「ピンは抜いたかい?」


「抜いてないけど勝手に光ったよ……」


 なんてことはない。 そもそも祀辺が昨日の装置の紛失理由に上げた時点で察することができるレベルの運の悪さだ。


「普通そうはならないでしょ……」


「中の撃鉄が腐っていた可能性が高いね。まあ最近作った閃光弾の撃鉄がもう腐っていたのはそれはそれで怪奇現象だが……」


 ちなみに、旗鐘も祀辺と同じく、三年生で先輩ではあるのだが、敬う対象というよりかは哀みや同情の対象といった印象が強くて、敬語で話しかけると違和感がすごいのでタメ口で話している。


「ね?言ったでしょ?うちの部長めっちゃ運悪いって」


「正直誇張してると思ってた……」


 何故か宙峰が少し自慢げに睡歌ちゃんに話しかけていた。


「まあ私のことは気にしないで、ある程度待てばまた見えるようになるから……」

「才媛ちゃん、みんなを理科室まで案内してくれる?」


「旗鐘くん、それは人体模型だよ」


 そもそも理科室は隣だから案内されるまでもない。壁に向かってごめん……まだ見えてないからさ……とか喋りかけてる旗鐘以外は。


「ほら、旗鐘くん。捕まって?」


「ありがとう……」


 祀辺は旗鐘を支えながら理科室へと繋がるドアを開けた。


「ふぎゅう!?」


 そして、飛来してきたセミエビが旗鐘の顔面に直撃した。


「す!すすすすみません!!!ぜ、全自動海老の殻剥き機が暴走しちゃって……!」


 それ前見えてるの?と言いたくなるような渦巻き模様のメガネをかけた天然パーマ気味の男子が頭を下げている。 


「君は確か……一年生の……」


「ま、巻雲圭太です!中学生の時に作った機械を見てもらおうと思って持ってきてたんですけど……失敗しちゃって……」

「セミエビみたいな大きめの海老は射出し、ブラックタイガーぐらいのサイズの海老は揉む変な機械になっちゃいました……」


「失敗は成功の母さ、気にしなくていいよ。今後のことを考えるといきなり成功したほうがむしろ危険だしね」


 祀辺は慈悲に満ちた笑顔を浮かべながら巻雲を慰める。 アルカイックスマイルとも聖母の微笑みとも表せる顔をした彼女を見て、なんやかんや副部長としてちゃんとやっているんだなと感心し……


「それにこれはハタガネルダメージだしね」


「コラテラルダメージみたいに言うな」


 なかった。やっぱこいつはただのマッドサイエンティストだ。


「ほら、旗鐘くん。立てるかい?」


「貝!?貝も飛んできてるの!?」


「君が言うとオオシャコガイが飛んできそうだからやめてほしいな」


 それはもう誰かが明確な殺意を持って行わない限り起こらない事象だと思う。


「でも大丈夫、この科学部謹製マッサージベッドがあればオオシャコガイを受け止めれるほど元気になれるよ」


「ええ!?本当に!?」


 ネットの怪しい広告みたいなこと始めたんだけど……

 あと、どれだけ元気になってもオオシャコガイは受け止められないと思う。


「まずは四肢をベルトにはめてから手元の青いボタンを押して固定してくれ。固定後に緑色のボタンを押せば人体解剖学に基づいた適切なマッサージが施されるよ」

「ちなみにベルトで体を固定しとかないと寝返りとかうった時に骨にダイレクトアタックされる危険があるから気をつけてね」


 まあ確かに背骨をゴリゴリと押されたら痛いな……と思いながら実演販売を見ていると後ろから声が聞こえる。


「九、大好きな布団が魔改造されてるけどいいの?」


 睡歌ちゃんがそう言った。確かにあの布団に脳を侵された人間なら発狂してブチギレそうなものだが……


「別にいいよ。ベッドは僕の心に響かなかった」


 何言ってんだこいつ。


「次は安全性を見せてあげよう……」

「旗鐘くん、交代しよう」


 祀辺が手元の赤いボタンを押すとベルトのロックが外れた。


「世の銭湯や宿泊施設に売り込んで予算倍増……じゃなかった。世のため人のために活躍させることを目標にしているからね。ちょっとやそっとじゃ故障しないし防水性も抜群!ハタガネルダメージも完全に防ぐことができるよ」


「そのハタガネルダメージって言葉、気に入ってんの?」


「才媛ちゃん、準備できたよ……?」


「じゃあその緑色のボタンを押してくれ」


「うん、わかった」


 旗鐘がボタンを押すとベッドが細かく揺れている。 傍目にはわかりにくいがマッサージ中なのだろう。


「すごく気持ちいい……」


 あまりの気持ちよさに旗鐘は目をトロンとさせ、今にも眠りそうにしている。


「本当に問題なさそうだな」


 御崎がそう言った瞬間、換気のために開けていた窓から野球ボールが侵入。 旗鐘の顔面を穿った。


「ふぎゅう!?」


「フラグ立てんじゃないわよ……」


 旗鐘の方を見るとボールが当たった衝撃で赤いボタンを押したのだろう。ベルトの固定が外れていた。

 そして今、旗鐘は顔面の痛みに悶えているわけで……


「いたぁ!?」


 体勢が崩れ、見事に背骨をゴリゴリとえぐられはじめた。しかも痛みに驚いて青いボタンを押してしまい、変な姿勢のまま四肢が再固定されている。


「旗鐘くん!黄色いボタンを押すんだ!」


「いだいいだいいだいいだい!!!」


 激痛に苦しむ旗鐘には祀辺の言葉が聞こえていないようだ。なんならボタンの付いた手置きを掴んでいるせいで私達がボタンを押すこともできない。


「旗鐘くん!せめて!!せめて手をどけてくれ!!」


「いだだだだ!!あっ……」


 旗鐘が気絶した。


「は、旗鐘くーん!!!!」



―――



「はぁ……はぁ……あんた!絶対大丈夫じゃなかったの!?」


 旗鐘を救出したあと、私は祀辺を問い詰めていた。


「あんな風桶現象が起こるとは……今まで野球ボールが侵入して来たことなんてなかったよ」


「言い訳は……」


 怒ろうとしたのだが言われてみれば確かに天文学的な確率だ。 普通の人はネット超えの大ホームランが換気のために開けていた窓から侵入して使用者の顔面に直撃、更にその衝撃でロック解除ボタンを押して体勢を崩して背骨をゴリゴリとえぐられてその痛みでロックボタンを押してしまうことまで想定しない。というかしてる人がいたらちょっと怖い。 簡潔にまとめられないぐらい起きた事象の量が多いんだけど……


「……とりあえず、今日は部活切り上げて病院行こうか」


「……うん」


 理科室を去る二人の背中は、なんとも言えない哀愁を漂わせていた。

今話の担当はにわたです。

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