小学生にやらせたお絵描き心理テストに衝撃の秘密が隠されていた件
「あの......野村先生? 少しご相談があるんすけど......いま大丈夫っすか?」
昼休み。職員室の自席に座る野村は背後から聞こえた女性の声に振り返る。そこには副担任の教師、園崎が立っていた。
園崎は今年度に採用された新規職員であり、野村のクラスである5年B組の副担任である。
歳は野村より5個ほど下で、たしか、大学卒業後すぐに教師になったと聞いている。化粧っ気のないその姿も相待って、いかにもフレッシュといった雰囲気だ。
「うん」
野村が快く応えると、園崎はわかりやすく顔を綻ばせた。
「良かった! みんな忙しくて断られてばかりだったんです......」
「忙しい時期だもんね」
「本当、わらわにも縋る思いで頼んで良かったです」
「お姫様?」
あと「藁にもすがる思い」だとしても頼りないものを仕方なく当てにするって意味だから絶対使わない方が良い。と思ったものの、野村はいちいち説教するのも先輩風を吹かせるみたいで嫌だったので、そのまま流した。
そんな園崎は野村の隣の自席に腰を下ろし、その相談の内容とやらを語り始めた。
「この前、野村先生が不在の学級活動の時間を使って、生徒たちに『お絵描き心理テスト』をやってもらったんです」
言って、園崎が机の中から一冊の本を取り出した。
この本を使ったんすけど、と言って野村に差し出す。
表紙には『この心理テスト、おもしろ過ぎて好き。つまらない? それってあなたの感想ですよね? 100選』と書かれている。野村は本のタイトルがキショすぎて気を失った。
「先生!?」
「......はっ!」
意識を取り戻した野村は息も絶え絶えに呼吸を再開する。ネットミームを商業に持ち込む者に死を。野村は神に祈りを捧げた。
「......続き良いですか? この本から抜粋した心理テストを児童にやらせたんです」
園崎は続ける。
「基本的には全員、本に書かれた解説を読めば心理を分析できるような絵を描いてくる子ばかりだったんですけど......」
そこまで言って、園崎は言い淀んだ。野村が続きを促す。
「その......一人だけ、解読不可能な『変な絵』を描いてくる女の子がいたんです」
言って、園崎は机の中からおもむろに何十枚もの紙の束を取り出す。これが児童に描かせた絵だ。
「まずはこの絵なんですけど」
言って、園崎は一枚の絵を野村へと差し出す。そこには一本書きの『うずまき』が書かれていた。
「これは?」
野村が訊く。
「うずの大きさ、何回うずを巻いたかで心理を分析する心理テストです。渦の大きさが自分への自信、渦の数が信頼できる友達の数です」
園崎はその後、「あっ、ちなみにこれは普通の子が描いた絵っすね」と付け足す。
なるほど、簡単に描けるし、わかりやすい心理テストだ。
「そしてこれが、例の「変な絵を描く女の子』の絵です」
言って、園崎は一枚の絵を差し出した。野村はそれに目を向ける。
「シンナー中毒者のうずまきだ!!!」
野村は思わず大声をあげた。
「はい、保健体育の教科書でおなじみ、シンナー中毒者のうずまきにそっくりなんです......」
園崎は震える声で言う。
「まさかうちのクラスに、シンナー中毒者がいるなんて......」
「いやいや」
「......心理テスト結果としては、この子は『自分に自信があり、友達がたくさんいて、そしてシンナーで脳が破壊されている』となります」
「『脳を破壊されている』は心理とかじゃないだろ」
野村が思わず指摘する。
「そういえばこの子、確かに普段から少し変なんです......。この前この子「食べ歩き」のこと「歩き喰み」って言ってましたし......」
「正しい言葉を教えてあげろよ」
思わず呆れる野村だったが、園崎は話を進める。
「次の心理テストは、猫の絵を描くと言うテストです」
言って、園崎は一枚の絵を野村に見せた。
「まずはこれ。普通の子が書いた猫です」
言われ、野村は1枚のプリントへと目を向ける。
「このテストでは猫の絵を描かせて心理を分析します。ヒゲの長さとか、子猫か成猫かなどを見ます」
「あの、そんなことより、この猫おしっこ漏らしてませんか? しかも、激しく」
「あとは柄にも注目です」
「あの、おしっこは」
「無視します」
「無視するんだ」
「そして、脳が破壊された子が描いた絵がこれです」
「破壊されてるかはまだ分かんないよ」
言いながらも、野村は園崎が差し出すもう一枚のイラストへと視線を移した。
「あれ? これ、犬? ですよね」
「はい......」
『ぽめ』と書かれているため、ポメラニアンであろうと思われる。思わず首を捻る野村。
「えーっと、猫の絵を描くテストなんですよね?」
「はい。なので気になってこの子に聞いてみたんですけど......」
「うん」
「どうやらこの子、犬と猫を逆に教えられて生きて来たらしいんです」
「ん? どういうことですか?」
思わず聞き返す。
「だから、要するに! これまでの人生で犬を猫、猫を犬として教えられて生きてきたってことです!」
「要されても分かんないよ」
「これって『変』ですよね......?」
「変というか怖いよ。謎の教育過ぎるだろ」
「やっぱり変ですよ......。この子そういえばこの前、禁煙パイポの中毒になったって言ってました......」
「止めさせてあげなよ」
別に体に悪くはないけど。そんなことを野村が考えている間に、園崎は次のプリントを差し出す。
「次はこれです」
「次はどんなテストなの?」
「できるだけリアルなうんこを好きなだけ書いてください、という心理テストです」
「なんだよそれ。嫌だろそんなの」
園崎が強引にイラストを見せて来るため、野村は頑張って脳内でモザイクをかけ、直視を防ぐ。
「そしてうんこの数は、今までに殺した人の数を表します」
「そんなわけないだろ」
「これは変な子も含めて、女の子はみんな白紙ばかりでした」
「そりゃよかった」
園崎の持つ白紙の束が、児童の拒絶を鮮明に表していた。
「次は二択の心理テストです。ヒラメかカレイ、どちらかを描いてくださいというものです」
「何が分かるの?」
「どっちを描くかで、政治的な思想がわかるんすよ」
「左ヒラメ・右カレイって絶対そういう意味じゃないよ」
「私に言わないでくださいよ。本に怒って下さい」
「......で、例の子はどっちを書いたんですか」
「なんか、鯛が書かれていました」
「これ、この子が真面目に心理テストをやってくれてないだけじゃないの?」
そんな指摘は無視して、園崎は次のプリントを差し出す。
「次は『丸いケーキを書いて、それを好きなように切り分けて下さい』というテストです」
「なんか、非行少年の本を思い出すね」
「知ってます! 『ケーキを7等分できない非行少年たち』ですよね!」
「7等分は非行少年じゃなくても難しいだろ」
360は7で割れない。
「で、本題です。見てください......。この子の切り分け方が特に変すぎるので」
言って、園崎はプリントを見せる。野村はそれに目を向けた。
「......確かに、おかしな切り分け方だね」
不自然に偏った切り方。謎のパーセント表示の上に描かれた、これまた謎の数字。切り分けたケーキの面積が全く違うことにも、何か闇を感じてしまう。
「不思議に思い、私は正解を求めインターネットで検索をしました......」
園崎は唾を飲み込む。
「そうして、この数字とピッタリ一致する『とある数値』を見つけてしまったんです......」
「......それは?」
「はい。『パチンコ・エヴァンゲリオンの大当たりした時の出玉の割合』と完全に一致しました」
「なんでだよ!」
「変......ですよね?」
「変とかもう、そういう事でもないだろ」
「ちなみに56%が確変大当たりで、41%が確変にならない大当たりです」
「ここから導き出される心理はなんだよ」
「ギャンブルとシンナーに脳を破壊されている......?」
「心理じゃなくて「病状」だろそれは」
「やっぱりこの子、変過ぎます......。だってこの子この前、手紙の最初に「前略」って書かず「侵略」って書いてましたし......」
「交戦的過ぎる」
「ちなみに締めには「草々(そうそう)」と書かず「葬送」って書いてました」
「攻め滅ぼしてるじゃん......」
正直この話に興味がなくなり、語尾が萎んでいく野村。しかし園崎は、変わらないテンションで次の用紙を野村に差し出した。
「そして最後がこの絵です」
園崎が差し出す一枚のイラスト。そこには、4つのマルが書かれていた。
「なにこれ?」
「このテストはシャボン玉を描いてもらい、数や大きさで心理を分析します」
「ちなみに、この絵はどこが変なの?」
「いえ、これだけ全然変じゃないんです......」
「えっ?」
野村は拍子抜けした声を上げる。しかし園崎は強気に続けた。
「......でも! ここまで来て全然変じゃないのって、逆に変だと思いませんか!?」
「いや、そういう時もあるんじゃないんですかね......?」
「いいえ! 絶対変なところがあります! 探してください! こじつけで良いから!」
「なんでそんな必死なんだ......」
絶対に不可解なところがあるはず! と息巻いている園崎を呆れ顔で見る野村。もう終わりにしよう。野村はシャボン玉の描かれた絵を、別の絵とともに束ねて整理し始めた。
「あ! 待ってくださいよ〜!」
話を終わらされそうになり焦った園崎が野村の手を止めようとする。その時。
「......ん」
重ねられた絵を見る野村は、かすかな違和感を感じ手を止める。
理由は分からないが、頭の中で「カチリ」と何かが噛み合うような音がした。
野村はシャボン玉の絵ともう一枚別の絵を重ねて手に持ち、太陽にかざした。
「......た?」
偶然か? 文字がシャボンの円で囲われているように見える。
「先生?」
園崎が怪訝な顔を向けるが、それに構わず野村は変な子が描いた絵を机に広げる。
「......」
よく見ると、不可解な点が他にもある。右上に描かれた意味のない線。
うずまきの濁点「゛」も二本棒と考えると、一枚一枚棒の数が違うのがわかる。これはもしかすると、順番を示しているのだろうか。
野村はこの考えを園崎に話す。園崎は一瞬驚いた後、深刻そうな顔を野村に向けた。
「私たちへの、秘密のメッセージが......?」
園崎が言う。野村は書かれた棒線の番号通りに絵を重ね、太陽にかざす。すると、1文字ずつ言葉が浮かび上がってくる。
『た』
『す』
『け』
「......」
野村の額から流れた雫が一滴、絵に落ちた。園崎も色を失ったような顔をしている。きっと今の自分も同じ顔をしているのだろう。野村は思った。
「いくよ......」
「はい......」
二人は何かを確かめるように目配せする。そして最後の4番目の絵を重ねた。
─── 1つの言葉が浮かび上がる───
『たすけぽ』
「たすけぽですね」
「たすけぽなんかい」
チャイムが鳴ったので、この話は終わりとなった。