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黎明  作者: りん
8/11

【5】

 潤の様子が普通ではないことに、陽一郎はすぐに気がついた。

 ……恵太と何かあったのだろうということにも、詳細はともかくすぐに思い至る。

 彼らが会って話していたとしても、陽一郎にはそれを咎めるつもりは無論なかった。

 それどころか、二人で何を話していたのか探りを入れたりする気も一切ない。

 潤が今も恵太に想いを残していることも、少しでもその空隙を埋めるために、「誰でもいい」中から少しはマシな陽一郎を選んで付き合ってくれていることも。

 それくらいは最初から承知の上での、この関係なのだから。

 彼は陽一郎の所有物ではないのだし、恵太と何をしようがまったくの自由だ。


 ……たとえ恋人同士だったとしても、陽一郎は相手の思考や行動を縛ろうとは思っていないのだけれど。


 恵太と潤は、破局する寸前はかなりぎりぎりのバランスで綱渡りのような関係だったのではないだろうか。

 少なくとも、陽一郎の目にはそう映っていた。

 完全に無関係の陽一郎が口を出すことではないから遠目に見ていることしかできなかったのだが、あの二人のことは当時は努めて気に掛けていた。

 嫉妬や好奇心などではなく、純粋に心配だったのだ。

 実家の親のこと、仕事のこと。

 ……そして親の望む通りに結婚して、その結果子どもを持つ、かもしれないこと。

 恵太は、一気に押し寄せた深刻な悩み事に押し潰されそうになっていた。

 傍から見ても自分のことを考えるのが精一杯で、とても潤との恋愛に気を回す余地があるようには見えなかったのだ。


 潤は自分が構ってもらえないことが不満だったとか気に入らなかったとかいうわけではなく、そんな恵太に少しでも余裕を作ってやりたかったのではないか。

 結果的には重荷に、恋人の(かせ)になってしまっている自分の存在から、恵太を解放してやろうとしたのではないのだろうか。

 陳腐な言い方をすれば「身を引いた」ということになるのかもしれない。

 ……恵太も潤もお互いが嫌いになって別れたわけではなく、むしろお互いの、とりわけ潤の恵太への愛が深いからこその別離だったのだと陽一郎は推測している。


 言うまでもなく潤と恵太のやり取りなど何ひとつ知るはずもないが、おそらくまったくの見当外れではないという自信もあった。

 陽一郎は、自分が聖人だなどとは微塵(みじん)も思っていない。

 彼に「付き合おう」と、表現としては「自分を利用しろ」と申し出たことにしてもそうだ。

 救いの手を差し伸べて、苦しんでいた潤を助けるのが目的などではなかった。

 もちろんそれがまったくないどころか、結果的にでも実際の比重として大きいのは確かなのだろう。


 潤にしてみたら現実にそれで少しは楽になったのかもしれない。

 けれどあの時告げたように、「彼と一緒に居たい」というのが陽一郎の何よりの望みだった。

「利用していい」などと自己犠牲の塊のようなことを口にしておきながら、陽一郎は自分の方こそ潤の寂しさを利用して、彼との時間を手にしたのだ。

 これは自虐でもなんでもなく、単なる事実だと陽一郎は認識している。


 それでも当初は気長に待つつもりでいた。

 潤が恵太を忘れられなくても、それでもいいから陽一郎のことを少しでも特別に想ってくれるようになればと。

 いつか陽一郎への単なる好意が恋愛感情に変わる日が来るかもしれない、と内心では淡い期待を抱いていたのは否定しない。

 しかしたとえそれが叶うことなく、潤が覚悟を決めて恵太の元に戻るとしても、他の男を好きになったからと離れて行くとしても。

 少なくとも潤と楽しく過ごした想い出は残るのだから、それだけでいいとさえ感じていたのもまた本心だ。


 なのに肝心の心が伴う前に身体の関係を持つようになってしまったのは、陽一郎にとってはまさに『誤算』だった。

 潤の必死さに負けて仕方なく、あるいは拒むことでこれ以上彼を傷つけたくなかった、などと言い訳をしてみても、受け入れたのは紛れもなく陽一郎なのだから。

 結局のところ、自分で決めたはずのラインを踏み越えてしまったのには何ら変わりがない。


 ──僕たちは、本当にこれでよかったんだろうか。


 今になって潤は、恵太と会って何か話したことで改めて考え直して、陽一郎との関係やどっちつかずの自分に苦しんでいるのではないか。

 そのことで彼が、恵太への愛情との板挟みになって悩んでいるのなら可哀想だ。

 でも。

 だとしたら、陽一郎は潤のためにいったいどうすればいい? どうしてやるのが正解だというのか。

 陽一郎が「もうやめよう」と潤を拒絶するのは簡単だが、それで彼が恵太と元の鞘にあっさり納まれるものだろうか。

 たとえ互いの気持ちはそのまま変わっていないとしても、別れたときからあの二人を取り巻く事情は何ひとつ改善したとも思えないのに。

 ……戻ってもまた同じことの繰り返しになるのなら、次は以前の何倍も傷つくことになるのは簡単に推測できる。

 だとしたら、ただここで潤を突き放してしまうというのは無責任かもしれない。

 時間が解決するというのなら、もう少し待てばいいだけの話なのだけれど、もしその間さえ潤が陽一郎と過ごすのが苦痛だと感じるのなら。


 ──やっぱり僕は、早まってしまった気がする。


 陽一郎は、どうしてもやり方を間違えたのではないか、という不安が払拭(ふっしょく)できなかった。


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