【4】②
恵太はいったい、潤に何を伝えたかったのだろう。
ああいう持って回ったようなことを口にしたがる人ではなかったのに。
とりあえず彼の言葉通り、潤は自分の台詞を振り返った。
真っ先に浮かんで来たのは。
「恵太さんが好きだった」
確かに潤は彼にそう告げた。「好きだ」ではなく「好きだった」と。
過去形で。
その現実に初めて気づいて、潤は何とも複雑な気持ちになる。
そんなことはまったく意識していなかった。
つい先日までは何の躊躇もなく「好きだ」と言えていた気がするのに、いつの間に潤の中で何が変わっていたというのだろう。
狼狽しながらも、潤は恵太が言った『最初から』というのが妙に引っ掛かっていた。
潤が彼に「好きだった」と告げたのは、本当に最後の最後だ。この言葉を指すのなら『今言った』でいいのではないか。
なのにどうして恵太は、わざわざ『最初から』などと付け加えたのだろう。
──最初って……、俺は何を話したっけ?
潤はなんとか、恵太との会話を遡って思い出してみる。
恵太に「風見さんだから安心だ」のように声を掛けられて、潤は確か……。
確か、そうだ。「風見さんに何か言ったか」と、そう訊いたのだ。
……?
何故そんなことを? 恵太が陽一郎に何か言うなどと、いったいどこから出て来たのか。
間違いなく自分の意思で口にしたことなのに、潤はその意味するところがまるで理解できなかった。
それにあの時、潤はなにがそんなに「気になった」のだろう。やはり陽一郎のことだったのか?
何よりも。
すべてを承知で付き合っている、恋人でもなんでもない相手に何を吹き込まれたとしても平気なはずではないか。
どうして潤は、そんなことを訊く気になった?
どうして?
──俺の中で、風見さんへの気持ちが変わって来てる?
潤は、ようやくそのことを自覚する。
いや、それどころではなく彼をそういう意味で好きに、なって……?
いつの間にか潤は、陽一郎を特別な存在にしてしまっていたのかもしれない。
そもそも、好きでもない相手と関係を持つなど、自分にできるとも思っていなかった。
いや、陽一郎のことは人間的には好きだけれど、本当にそれだけだった、筈なのに。
一緒に居て、優しくされて、抱かれて。
それで絆されたとでもいうのだろうか? あるいは流されたとでも?
──俺は恵太さんがあんなに好きだったのに。俺たちは、もうそうするしか他にどうしようもないと思って別れたけど、ホントにつらくて寂しくて。
なのにこんなに早く、潤は恵太を過去にしてしまったというのか?
己の意思などお構いなしに、勝手に動き出していた心を認めることができない。
それでも、ひとつだけ確実なことがある。
恵太が潤に伝えたかったのは、きっとこのことなのだろう。
潤は意図せず気づかされてしまった自分の想いを持て余して、その夜はほとんど眠れなかった。