【3】②
隣でぐっすりと眠っている潤の髪を手慰みのように指で梳きながら、陽一郎は考える。
……本当に、これでよかったのだろうか。
別段無茶な行動に出るわけでもなく、表面上は何も変わらないかのように見えた彼。
しかし実のところ、その身の内に破滅衝動を秘めているかのような何ともいえない緊張感を孕んだ潤に、陽一郎はかえって危うさを覚えていたのだ。
陽一郎が見る限り、潤はその場その場で欲求が解消されればそれでいい、相手は誰でもいいというタイプとは思えなかった。
むしろ、そういう相手や状況を吟味する方なのではないかという印象がある。
それなのに。
別に愛してもいない、暇つぶしにはなる程度のまさしく都合のいい男でしかない陽一郎に、それでもいいから抱かれたいというほど思い詰めていたのか。
彼が恵太とのことで、謂わば自棄になっている状態だったのはわかっていた。
今の潤に必要なのは誰かと熱を分かち合う、形だけでも『愛される』行為だったのだろうということも、彼の様子から伝わって来ていたから。
そんな潤に求められるままに安易に応じてしまった自分は、なにか間違えてはいないだろうか。
陽一郎は彼が好きだし愛している。決して潤を抱くのが嫌だったわけではない。
そんなはずはない、むしろ抱きたいと思っていた。
ただ直接告げたように、それが陽一郎の最終目的ではないのだ。
陽一郎は確かに潤と愛し合えるようにはなりたかったが、それは単に身体を手に入れるという意味ではなかったのは確かなのだから。
でももう戻れない。「後悔したって遅い」のだ。
図らずも、陽一郎が潤に忠告したとおりに。
それならばせめて、これからもこの子の望むようにしてやりたい。
潤が陽一郎に抱かれて安心するというのなら。……心と身体の寂しさを紛らわすことができるというのなら、もうそれだけでもよかった。
最初に身代わりでも気晴らしでも、と言ったのは他でもない陽一郎自身なのだから。
ならば、自分にはその結果もすべてひっくるめて引き受ける責任もある、と覚悟を決めた。
◇ ◇ ◇
それ以降の潤は、常に纏っていたどこか尖ったような空気も鳴りを潜め、陽一郎と過ごす時は特に穏やかな表情を見せるようになって行った。
外でデートの真似事のような食事をしてから、陽一郎の家に帰って来て本当の恋人同士のように過ごす。
「ねえ、風見さん。甘いもの嫌いじゃないよね? 今度デザートビュッフェ行かない? 友達に教えてもらったんだけどすごく美味しいんだって。そんな高くないし、男も結構来てたってさ」
「そういうの僕行ったことないな。今は男も行くんだ。いや、もし女の子ばっかりでも潤が行きたいなら行く!」
断言する陽一郎の肩に頭を預けるようにして笑う、可愛い彼。
毎回必ず抱き合うわけではなかったが、潤はごく普通に甘えて寄り添って来るようにもなった。
すっかり柔らかな雰囲気を漂わせるようになった彼に、はじめのうちはあれこれ考えすぎて空回りしていた陽一郎も、日を追うごとに二人きりの何気ない時間と空間にも慣れて安心できるようになって来ていたのだ。
それは『疑似』で『ごっこ』に過ぎないとしても、陽一郎にとっては掛け替えのない幸せな時間だった。
そして願わくば潤にとっても、僅かでも幸せを感じられるものであればいい、と。