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黎明  作者: りん
2/11

【1】

 潤が恵太と出会ったのは高校三年生の春だった。

 どうしても今通っているこの大学に入りたかった潤は、親に頼んで大学受験に向けて家庭教師をつけてもらったのだ。

 家庭教師仲介センターを通して、『桂銘(けいめい)大学の学生さんで、大学受験の指導経験がある人を。もし可能なら合格実績のある方なら申し分ない』という要望を出した。

 それに応えてやって来たのが当時経済学部の三年生であった彼だった。


「いやいや、先生はやめてよ。俺まだ学生だし、君とたいして年も変わらないしさ。もっとフランクに『けーちゃん』とか『けーたくん』でいいよ」

 初めて家庭教師として潤の自宅を訪れた際、リビングで母親を交えて挨拶に続き簡単に方針などを確認したあと。

 自室へ移動して、改めて「藤沢(ふじさわ)先生、よろしくお願いします」と頭を下げた潤への、それが彼の返事だった。

 ……もしかして少し変わった人、だったりするのだろうか、と内心動揺する。


「それは、さすがに……。あの、だったら『恵太さん』とかでいいですか?」

「あ、いいよ~」

 とりあえず、いくら何でもその呼び方はできない、と妥協案を出した潤に、恵太はやはり気軽に頷いた。

 平均程度の潤からすれば、見上げるほど大柄な年上の男性。

 笑顔が優しく見るからに穏やかで落ち着いた雰囲気の彼は、実際には明るくてお喋り好きな気のいい人だった。


「あの俺、恵太さんが好きなんだ」

 大本命の桂銘大学の合格発表の日。

 朗報を届けるために恵太に会った潤は、ずっと抱いていた想いを彼に告げた。

 同じ大学に通うとはいえ、恵太はもう四年生であまり大学にも来ないだろうし、そもそも学部も違うのだ。


 ──どうせもう、今までみたいには会えなくなるんだから。

 

 それならば最後に思い切って、と受験前から心を決めていた。

 この人なら、たとえ「気持ち悪い」と感じたとしても決して表に出したり、言いふらすようなこともしない。

 そう信じられる相手だからこそ好きになったし、告げたいと思った。


「同性が好き」な己に対して抱いていた引け目を、完全にではないが払拭してくれた想い人。

 振られても、一歩踏み出す勇気を持てただけで収穫だ。

 玉砕覚悟でぶつかった潤に、照れくさそうに笑った彼が「俺もにーなが好きだよ」と答えてくれたのはきっと忘れない。

 憧れの大学に入学し、その上に初めての恋人までできた。

 潤の生活は、まさに光り輝いていたのだ。

 大学三年生になった、つい最近までは。



    ◇  ◇  ◇

「俺んち、父親が田舎で税理士事務所やってるんだ。だから俺も税理士になって跡継ぐのが、もう昔からの既定路線なんだよね」


 家庭教師と生徒の間柄でお互いに打ち解けてきたころ、税理士を目指しているという恵太が話してくれた。

 もともと彼は話好きで、黙々と教えて帰って行くというタイプとは程遠い。潤は他の家庭教師に習ったことはないので、何が『普通』なのかはわからないのだが。


「別にそれ自体はいいんだよ。親が努力してるのずっと見て来たし、税理士って仕事に抵抗なんかはないんだ」

「そうなんだ。将来のために何か資格欲しいからかと思ってたけど、そういう理由だったんだね」

 潤の幼い返答に、彼が続ける。


「ただせめて、大学の間だけでも家から離れてみたくてさ。親の事務所継ぐなら、もうずっとそこで暮らさなきゃなんないし。開業ってそういうことだから。故郷(ふるさと)自体はいいとこで好きなんだけどな」


 普通の勤め人の親を持ち、自宅から大学に通っている自分とはまったく違う背景を持つ彼の事情を、当時の潤はまるで他人事のように受け止めていた。


 今になってようやく、それが自分と無関係ではないと実感したのだ。


「父親が病気してなんか弱気になっててさ。まだ引退を考えるような年じゃないけど、母親も不安そうだし俺に早く帰って来て欲しいみたいなんだよな。直接俺には言わないけど」

 在学中に税理士試験に合格し、恵太は経験を積むためにとこちらの税理士事務所に就職した。

 当然ながら会える時間は減ったものの、二人の付き合いは変わらず続いていたのだ。

 税理士資格取得には、試験合格に加えて二年間の実務経験を要するため、厳密には彼はまだ『税理士』ではない。

 そうなるべく修行中だと潤は理解していたし、それが事実だ。

 彼の父親の具合が悪いというのは潤も聞かされていた。


「こういうわけでしばらく東京離れるから。週末会えなくて悪いけど、心配は何もいらないよ」

 実際に恵太は様子を見るために帰省したりもしていたから、その際に説明されたのだ。


 恋人がいずれ親元に帰らなければならないというのは最初からわかっていたことだ。

 それでも、もっとずっと先のことだと思っていた。

 まだ学生の潤には実感が湧かずに、考えるのを先送りにしたかっただけかもしれないが。

 故郷に帰り実家の事務所を継いで、……結婚して、家庭を持つ。それが、恵太に周りが、親が期待する未来ではないか。

 そこには潤の存在が入る余地はない。


 恵太には、親を見捨てることはできないだろう。だからといって、恋人をあっさり捨てて行くことも。

 彼はそういう人間だ。きっと惹かれた要因の一つだと思っている。

 誰より何より彼が好きで愛しているからこそ、潤は恵太が苦しむ姿を見ていられなかった。


 ──だから、自由になって。


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