【6】②
「とにかく。俺を無視して、脳内でなんかわかんないストーリー作って嘆くのやめてくださいよ。風見さんが『僕をどう思うか』って訊いたから、俺は『あなたが好きだ』って答えましたよね」
彼の気を逸らさないよう、見つめ合ったままで話を繋いだ。
「俺が何も言わないから想像するしかないっていうんならともかく、はっきり『あなたが好きになった』って言葉にしてるんですけど」
「うん、それが──」
おそらく同じようなことを発しようとした彼を「聞いてください」と止める。彼の口を塞がなければ、堂々巡りに行きつくのはわかり切っているからだ。
「なのにそれを曲げて取られたらもう俺が何を言おうと、しようと意味ないじゃないですか。信じられないなら訊く必要もないでしょ? なんで訊いたの?」
呆れた様子を隠さないまま、潤はさらに続ける。
「風見さんは、俺に利用されただけだって思いたがってるみたいに見えますよ。……それはあなたが、その方が楽だからじゃないんですか?」
潤が突き付けた台詞に、陽一郎は虚を突かれたように黙り込んだ。
「……そう、なのかもしれない」
そして、しばらく間を置いてから重い口を開く。
「僕はどこかで、やっぱり僕のせいだと感じてたんだよ。どうしても罪悪感が拭えなくて、なんとか自分を誤魔化す方法を探してたのかもしれない。それには『潤に利用されたけど本望だ』って思い込むのが、そうだ、楽だったのかもな」
「だから風見さんのせいなんかじゃないんです」
ようやく会話が成り立った気がして、潤は安堵の溜息を吐いた。
「俺が思ってただけじゃなくて、この間恵太さんにも指摘されたんですけど。俺たちは、俺と恵太さんは、もうどうしたって無理だったんですよ」
「それ、は」
「あのとき別れようとしないで続けてたとしても、遅かれ早かれ終わりが来るのはもう決まってたみたいなもので。風見さんも俺たちをずっと見てたんなら、同じように感じてたんじゃないんですか?」
「……うん。まぁ、確かに。実は」
潤が畳み掛けるのに、陽一郎は不承不承といった様子で頷いた。
「別に秘密じゃないだろうから教えてもいいと思うけど、恵太さん家に帰るんだって。お父さんの事務所で働くってことですよね」
「そうか。……意外と早いんだな」
陽一郎はそれについては初耳だったらしい。
しかし、恵太の事情は承知の上なので、いずれそうなるというのは当然予測していた筈だ。
「何よりも、俺は風見さんに唆されて恵太さんとの別れを決意したわけじゃありません。最初から順番が逆なんだからあなたが気に病むことなんて何もないでしょう? それなのに全部自分のせいだなんて、そんなのかえって俺に失礼じゃないですか?」
自分にも意志が、自我があるのだ、と主張する潤に、彼は虚を突かれたようだ。
「潤──」
「別れることも、あなたと恋愛じゃなくても付き合うっていうのも。きっかけは別として、結局決めたのは全部俺自身なんですよ」
誘ったのは陽一郎だとしても嫌ならば、気が進まなければ、潤がきっぱり断ればよかっただけなのだから。
「もし風見さんが、どうしても悪いのは誰か選ばなきゃ気が済まないんなら。それは間違いなく、俺だよ」
「! そんな、」
「だから悪者探しなんてやめましょうよ。不毛でしょ、そんなの」
思わず声を上げた陽一郎を目で制して、潤はさばさばした口調で構わず話し続けた。
いったん目を伏せてから、真剣な表情で陽一郎と視線を合わせる。
「でもね、風見さん。……俺はやっぱり、すぐには切り替えられない。恵太さんを愛してたこと、彼と過ごした時間。そういうのが全部、俺にとってはホントに凄く大切でなかったことにはできないし、……したくないんです」
「それでいいんだよ」
遠慮がちに告げた潤に、彼が優しく返してくれる。
「最初からそういう話だっただろ? むしろそれが当然じゃないか。藤沢を、過去を忘れろなんて僕は言ってないし、言うつもりもない。そもそもそんなこと考えてもいない。藤沢を好きな気持ちごと君を受け止められたらって、僕はずっとそう思ってた」
「それでも。それでも俺は誰かを、……ううん、あなたを好きになれた自分にちょっとホッとしてるんです。俺の人生はこれからまだまだ長いのに、いつまでも過去に囚われなくていいんだって」
そっと言い添えてくれた陽一郎に、潤はゆっくりと返す。
そう思うこと自体が、見たくないことから目を逸らしてるだけで卑怯なのかもしれないけれど。
「過去を過去に、想い出にしてくれたのは風見さんだから」
そう言ってどうにか笑みを浮かべたつもりだった潤に、彼が笑って両手を差し伸べて来た。
その指がそっと顔に触れて初めて気づく。涙が溢れて、頬を伝っていたことに。
目元をぐいと拭った拳を開いて彼の手をおずおずと取った潤を、恋人はぐっと引き寄せて抱き締めてくれる。
「潤」
名を呼ばれて、密着した状態からどうにか陽一郎の顔を見上げた。
そして今度こそ、潤は彼に曇りのない笑顔を向ける。