第49話 寝顔 1
味方の戦士団も、そして領兵も押されていた。これだけ数に差があるというのに。
赤銅の援護を受けられなくても、金緑も、そして青鋼も一歩たりと譲らない。さらに戦場にはお兄さんの姿が見当たらなかった。動向支配が効いていないのだ。
――まさかお兄さんがやられたということは無いだろうけど……。
そんな恐ろしい考えは頭を振って捨て去り、私に今できることをする。
まずは金緑だ。幸いなことにレハン公の隊による赤銅の回収は済んでいた。赤銅には若い成人前後の魔術師たちが多い。鎧も最小限だったため、体格のいい領民兵なら一人で背負っていけただろう。公にはかなり無茶を言ったはずだけれど、上手く組織してくれていたようだ。
私は金緑のど真ん中に向けて魔法を叩きこもうと近寄る。けれど、逆に向こうから二騎の幽霊馬が近づいてくる。
――虚栄にも頭を使える者が?――そう思ったけれど違った。
「ルハカ様!」
手を上げ声を掛けてくる男女二名の金緑。
「――ルハカ様! 我々は正気です! 撃たないで」
「あなたたち、大丈夫だったの!?」
「ええ、長い間拘束された上に団員が皆いがみあっていて正気を失いそうでしたけど、何とか我慢しました。ジルコワルにも性格欺瞞で誤魔化して。我々は元白銀です。ルハカ様の下に就くので指示をください」
「わかりました。青鋼の動向支配をお願いします。ロハラを援護してあげて」
「承知」
ひとりは幽霊馬で駆けたが、もうひとりの女の団員が逡巡していた。
「まだ何か?」
「その……エリン様が……ルシア様に斬られました……」
「何ですって!?」
「突然だったのです。ルシア様の状態がまともではなく……」
「わかりました。でも今は援護が先です!」
「承知!」
ルシアがおかしいとは聞いていたけれど、まさかエリン様にまで……。
私は危険を分かったうえで金緑に麻痺の呪文を掛けていった。掛かれば強力だけど、流石は金緑。お兄さんのように確実には魔法が通らなかった。魔法をかけ続けても、少しずつしか戦力を削れないことに焦る。
そして青鋼の方を見やるとレハン公の軍が下がり始めていた。
私は置き土産のように泥化を金緑の足元の地面にかけると、深い泥に足を取られる金緑を尻目に青鋼へと向かう。
「援護します! 退却なさい!」
私は青鋼との前線を支えているレハン公の戦士団に告げると、長めの詠唱に入る。集団の混乱が完成されると、青鋼の前線が乱れ始める。立ち尽くす者、味方を殴る者、さらには魔法にかかっていないのに殴られたことに怒り狂って殴り返す者……想像以上に魔法が効いた。やはり虚栄に囚われるということは憐れだ。
◇◇◇◇◇
ロハラの軍がなんとか側塔の向こうまで下がっていったことを確認すると、私はお兄さんを探して引き返した。敵の数は多い。早くお兄さんを探して撤退しないと……。
途中、取り残された領兵を助け、川の方へ身を隠せと指示しながら進むと、青鋼の数名を見つける。彼らを相手しているのは大柄な戦士と金緑のタバードを身に着けた二名。私は詠唱を先に行い、スティードを降りて近づくと青鋼の団員の背中から痺撃を叩きこんだ。
不意打ちは状態異常の効果も高い。団員はそのまま気絶する。
大柄な男――青鋼の副団長、ロージフが護っていたのはお兄さんと……ルシアだった。
「ルシア! お兄さん!」
ルシアはお兄さんに抱えられるようにして――。
むっかぁぁぁあああ!
私が苦労しているというのにルシアはお兄さんにベッタリくっついて幸せそうに寝入っていた!
「殴りたいこの寝顔……」
お兄さんはと言うと服が焼かれてボロボロだった。
お兄さんは戦闘前に無敵の幻影の魔法を使っていた。傷ついても無傷のように見える幻影。相手を欺くためとは言っていたけれど、本当はルシアを傷つけたくないためじゃないかと思う。お兄さんは優しいから。
ルシアの傍には空になった平皿とそれはそれは大きい虚栄の花があった。
たぶんお兄さんだ。グズルーンに頼んだのだ。
「ルシア! 起きなさい! 起きろ!」
私はルシアの半身を無理矢理起こし、揺さぶった。
ぼんやりとした表情で目を覚ますルシア。
「あなたはだあれ?」
「えっ?」
ひっぱたいてやろうかと思ったけれど、あどけない表情のルシアに尻込みする。
「兄さま? 兄さまどうしたの!? 兄さま!」
お兄さんが倒れているのに気が付いたルシアはお兄さんの頬に手を当てる。
「……ルシアか。ルシアは大丈夫か?」
お兄さんも薄っすらと目を開け、呟く。お兄さんの言葉に安心したのか、ルシアはお兄さんに抱きついた。
「兄さま……兄さま……」
頬を擦り付けるようにしてお兄さんに抱きつくルシア。
ルシアずるい……。
「ルハカ様! 泥化をかけまくって足止めしましたがもう魔力がありません!」
元白銀の二人が追い付いてきた。
そうだ、まだ戦場だった。
頭を上げると周りの青鋼はロージフたちが制圧していたけれど、泥濘を乗り越えて金緑の一部と青鋼がこちらに迫っていた。
私は再び幽霊馬に跨ると、お兄さんとルシアを守るため、もう一戦交える準備をした。この人数で戦うには相手が悪い。頼みのお兄さんもルシアもこの状態では数に数えられないだろう。
――ただそれは、丘の上からのラッパで風向きが変わった。
撤退の合図だ。
丘の上からの撤退の合図でこちらに向かってきていた戦士団は足を止める。
何が起こったのかと見上げると、三騎が向かってきていた。
「争いをやめよ! 全軍撤退だ! 争いをやめよ!」
叫ぶのはウィカルデともう一人の金緑のタバードを着た男。
そしてその後ろに居るのはエリン様だった。
撤退を指示され、一時は止まっていたものの、20名ほどの青鋼がこちらへ駆けてくる。虚栄の虜となっているため、まともに命令が聞けないのだろうか? 私は眠りの魔法の詠唱を開始した。
ただ、そこへ馬を駆って駆け込んできたのはエリン様だった。
馬が眠りの魔法にかかり、落馬するのも気に留めず立ち上がったエリン様。
「やめよと言っているのだ!」
エリン様は面頬を下ろすと、眠りの魔法に掛からなかった青鋼の団員を殴りつけた。
エリン様は戦士と言ってもそれほど体格があるわけではない。しっかりとしたプロポーションではあるけれど、あくまで女性的な美しさのプロポーションだ。鎧を纏っていてもその辺の戦士とくらべてずっと細身だし、女性らしい腰のラインに合わせて仕立てられた板金鎧など正直羨ましいほどだった。
そんなエリン様が青鋼の団員を殴り飛ばす。
実際に青鋼の団員は浮いていた。文字通り殴り飛ばしていた。
長剣を鎧で受けながら、正気ではない青鋼を次々と殴り飛ばしていた。
十余名の青鋼がそうやって黙らされると、全員に撤退が指示された。
ピンチに颯爽と駆け付けた暴力系女子!




