第34話 ストアヌイ
「何をやっておるか! 相手は丸腰だったのだぞ!」
戦士長が叫ぶ。
私と白銀の女戦士――兜の装飾から一ツ目とでも呼ぼうか――彼女とは背中を預け合い、今や二十名近い戦士団と刃を交えていた。
背の高い一ツ目は右手の戦鎚針で相手の利き手を封じ、鎧の隙間や脇の下に刺突剣を滑り込ませていた。まるで湖の魚でも捌くかのような鮮やかな手業で。加えて、少々の反撃をモノともせず、全身を覆う板金鎧の強固な部位で上手く受けていた。
対して私は長剣を勢いに任せて振るう。
一撃をいなして相手の腕や太腿に力任せに叩き込んだ。聖剣のようにはいかない。長剣では半鎧とは言え、急所を覆う板金を叩き割ることはできない。おまけに聖剣に比べると軽い気がした。
「上から弩で射るのだ!」
「し、しかし……」
「さっさとやれ!」
この近い距離での弩による撃ち降ろしは板金鎧など容易に貫く。一ツ目は馬車の後ろ、幌の陰に入るが、私は彼女に――大丈夫――と声を掛ける。果たして、放たれた太矢は先程と同じように見えない壁に阻まれ落ちた。
「――魔法か!? 今代の勇者は魔術が使えないのではなかったのか!」
実際にそう言う魔術はある。
何にしろ、太矢の斉射で戦士団が攻撃の手を止めてくれたことは思わぬ幸運をもたらした。
「……使え」
一ツ目は私に、馬車から引き摺り出した重量のある両手剣を渡してきた。
「――勇者殿の戦い方は裸剣術だからな」
裸剣術――つまり聖剣の前では鎧が意味をなさないという事の表れだろう。実際、同様の加護を持つジルコワルから教わったのはそういう戦い方だ。
成人までは先程まで彼女が見せていたような剣術を叩きこまれていたはずが、化け物相手では通用しなくなった。そのために私は最初の頃の戦いで苦悩したのだ。聖盾でも受け止めきれないような化け物共の重い一撃をいなし、聖剣を叩きこむ。そういう戦い方を教わった。
聖剣は失われてしまったが、魔力の強化が残されていた私には力任せのこのやり方も意外と向いていたようだ。それに、殺す必要は無い。戦えなくするだけで十分だ。
ひとり、またひとりと両手剣で打ち倒していった。
一ツ目をして言わしめた私の裸剣術は、こちらに鎧が無いのにも向いていた。化け物の一撃は重い。鎧で受ける戦い方では無かったため、全て躱していた。少々スカートが邪魔ではあったが、大きな問題では無かった。
「な、なぜだ、相手はたったの二人だぞ。加護も無いただの飾りの勇者が……」
戦士団は既に半数ほどに減っていた。鎧が拉げ、痛みに戦意を喪失してしまっている者を除けば戦士長の周りにはもう六名ほどしかいない。
「いったい、どういう考えでこの暴挙に出たのか教えて貰おうか」
私は戦士長に問うたが、返事は無かった。
「――必ず聞かせてもらうぞ」
目の前の戦士の斬り下ろしを翻るように下がって躱すと、振り向きざまに両手剣の一撃を叩きこんだ! 16ゲージの肩当ては大きく凹み、ギャッ――という声と共に剣を取り落とす男。右腕はぶらりと垂れ下がる。入れ替わるように手斧が投げつけられるも、私は何故か左手で空を切っていた。まるでそれは盾で弾かれたかのように地面に落ちる。
呆けている戦士をよそに、今度は右側から肉薄してくる戦士。剣を打ち合わせ、鍔迫り合いから盾の内側へ入ると柄頭で顔を殴りつけ、怯んだところを蹴り倒す。身の薄い女の一撃など普通なら目の前の大男には蚊ほども効かぬはずが、十尺は跳ね飛ばされていった。
一ツ目はと見やると、戦鎚針で相手の盾を引き崩し、刺突剣の鍔に相手の武器を絡め、ガラ空きになった正面から膝当てについたスパイクで相手の股間を蹴り上げる。振り向きざまに戦鎚針で背後の戦士の剣を受けたかと思うと、くるりと反転して刺突剣で牽制しながら股間を抑える男の頭を戦鎚針の裏側で打ち据えていた。
今の私には篭手も鎖のミトンもない。両手剣を細かく突いて使うには適した防具が無い。それゆえ刃を掴めず、大振りで多くが振り下ろしになる。そこを狙ったのだろう。先ほど手斧を投げてきた男は何とか私の一撃を躱し、踏み込んできた。切り上げは間に合わないと判断し、咄嗟に握り手を刃根と鍔に持ち替え握り側で相手の剣を受けると、さらに男は盾で殴りつけてきた。二点保持の盾の縁の一撃は時に長剣の刃にも勝る。だが私はそれを素手で受け止めた。
「嘘……だろ……!?」
縁を掴んだ盾を右の外側に捻っていく。目の前の女に力負けした男は驚愕していた。かつての遠征で化け物の掴みかかりを盾で受けた戦士が、そのまま左腕を捩じ切られるのを目にしたことがある。今は私が同様に男の左腕を捩じっていた。私は止めとばかりに男の顔を両手剣の柄頭で逆手に殴りつけ、黙らせる。
先ほど蹴り飛ばした男が起き上がってくるが、現状におののいていた。
一ツ目も二人の戦士を制し、今や戦士長の傍には細身の男ひとりしかいない。
起き上がってきた男に――やるのか?――と切っ先を向けて問うと、男は逃げ出していった。
「さてどうする? 二対二だ。悪くない勝負だと思うが」
戦士長に問うと、傍らの男は武器を取り落とし、駆け出した。
「あっ、おいっ!」
最後の味方が逃げ出し、独りになる戦士長。
戦士団の矜持は無いのかと砦で問われていたが、この男には欠片も無かったようだ。
戦士長は降伏した。
「どういうことか聞かせて貰うぞ」
◇◇◇◇◇
砦の領兵も投降させ、落とし格子を上げさせた。一ツ目は篭手を外すと慣れた手つきで生きている団員を縛り上げていく。無口な彼女は名乗りもせず、一ツ目が装飾された面頬も上げなかったが、今はそれでいいだろう。素性は知られない方がいい。
「一ツ目殿、助かった。ありがとう」
「……一ツ目か……悪くないな」
戦士長を締め上げると、どうやら領主代理たちと共謀して先の潰走を私の責任にしようとしたらしい。実のところその通りではあったので私としては何とも言えないのだが、戦士長は領民であるフクロウに対する略奪に運悪く出くわした私を彼の独断で口封じしようとしたようだ。私はともかく、フクロウを舐めすぎている。
轅が壊れてしまった荷馬車はそのままにし、無事な荷馬車を一ツ目と共に西に逃がした。戦士長と生きている団員を幌付きの馬車に押し込むと、戦士長は自分を荷物のように扱うなとぎゃあぎゃあ喚いたが、一発、鼻っ柱に入れておいたら静かになった。
その後、荷馬車の御者は領兵のひとりに任せ、私は自分の馬を駆って領境の町へと戻った。町まで戻ると、町を守る兵士が何事かと驚いていたが、――勇者を亡き者にしようとした――と伝え、牢に入れさせた。その際、身分を保証してくれたアシスは目を丸くしていた。
◇◇◇◇◇
「まさかヤツら、そんな暴挙に出るとは」
「それ以前に団長、よくご無事で……」
一ツ目のことは隊商の護衛の戦士としか話していなかった。
「その戦士が並外れた強者だったのだよ。私ひとりでは武器を手にすることさえできず、確実に死んでいた」
「しかし、それにしたって……」
「団長、もしかして加護が戻っておられるのでは?」
「いや、それは無い。以前のような感じがないのだから。ああ、それからアシス、飛び道具からの防護を掛けてくれたのはお前だろう。あれは助かった」
「え? 私じゃないですよ? そもそもあれは半刻しか持ちませんので常にかけておくような魔法ではありません」
「いや……だが、弩の太矢を弾き返したし手斧も防いだぞ?」
「飛び道具からの防護では手斧など防げませんよ」
私はもうひとつの可能性を思い浮かべた。
だがそれはあり得ない。だってあれは今、神殿に帰っているのだから。
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一ツ目さん、対人は全身鎧のため盾無しです。銃弾を防ぐような11ゲージ(3mm)とか10ゲージ(3.4mm)の鎧ではないので、見た目に反して身軽です。欠点は視界くらいですが、これだけ鎧が発達して魔法のある世界でその問題をクリアしてない訳が無かったり?
『堕ちた聖女は甦る』でも度々出てきた鎧のゲージ数は現在の軟鋼シートの厚みをベースにして、実在の鎧の厚みの記録や鎧の作り方の本を参考にしています。エリンの国の板金鎧の胸当ては14ゲージ(2mm弱)が標準です。国内にも残ってる南蛮胴みたいなものに比べてずっと薄いはずです。
――というわけで、ラヴィーリアは戸惑いながらの地味な戦闘でしたが、今回は自信のある二人でしたので、めいっぱい(?)派手にした地味な戦闘でした!