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第八話 無自覚に誑かす



「さ、魁くん、おはよう……」


 妖怪と遭遇した翌日。朔夜がいつもの時間に登校すれば、自席に座っていた蛍が立ち上がって、朔夜のもとまで近づいてきた。


「月見くんおはよう! 相変わらず朝早いんだね。凄いなぁ」

「え、そんなことないよ……! ただ、よ、予習したり、本を読んだりしてるだけ、で」

「ううん、凄いよ! 僕は朝苦手だからさ。いっつも叩き起こされてるんだよね」


 大げさに肩を落とす朔夜を見て、蛍は小さく吹き出す。


「あ、月見くんが笑った! へへっ、月見くんが笑ってるところ、初めてみたよ。何だか仲良くなれたみたいで嬉しいなぁ」


 顔をほころばせる朔夜を見て、蛍の頬が薄っすらと赤く染まっていく。


 ――無自覚でタラシ発言をしてしまうところは、頭そっくりですね。


 今この場に茨木童子がいたなら、そう言って溜息を落としていたに違いない。


「ねぇ、月見くんのこと、これからは蛍くんって呼んでもいいかな?」

「う、うん、僕は全然大丈夫、だけど」

「ほんとに? やった! よければ蛍くんも、僕のこと朔夜って呼んでよ」

「い、いいの? 僕なんかが名前で呼んでも……」

「え、当たり前だよ。むしろ呼んでほしいな」


 朔夜から期待を込めた眼差しを向けられ、蛍はゴクリと唾を飲み込んでから、恐る恐るといった風に口を開く。


「う、うん。……朔夜、くん」

「うん!」


 笑顔で頷く朔夜を見て、蛍は緊張から無意識に持ち上げていた肩から力を抜いた。強張っていた表情も、穏やかなものへと変わる。

 互いに顔を見合せて笑みを零していれば、コホン、と存在を示す咳払いが二人の耳に届いた。


「楽しそうに話しているところごめんね。僕も仲間に入れてもらってもいいかな?」


 二人が同時に視線を向けた先には、昨日下校を共にしたもう一人の仲間である瑞樹が立っていた。どうやら会話に入るタイミングを窺っていたようだ。


「一之瀬くんおはよう。うん、もちろん!」


 会話をする中で瑞樹からもよければ名前で呼んでくれと言われ、三人の距離は昨日よりもグッと近付いたような気がする。

 朔夜は緩む口元を隠すこともなく喜びを顕わにした。そんな朔夜の表情を目にした瑞樹は、何だか呆気にとられた様子で感嘆の吐息を漏らした。


「何というか……朔夜くんは素直な人なんだね」

「そうかな?」


 キョトン顔の朔夜を見て顔を見合せた瑞樹と蛍は、声に出さずとも今互いに思っていることは同じだろうと、心中で苦い笑みを浮かべる。――この、どこか抜けているような、放っておけない雰囲気を持つ友人のことを考えているのだろうな、と。


「っ、あ、そうだ」


 突然小さな声を上げた蛍は、今思い出したと言わんばかりに手を制服のポケットに入れて、丁寧に折りたたまれた一枚のプリントを取り出す。


「えっと、二人に話があって……」


 蛍が話し出そうとしたタイミングで、運悪く授業開始の鐘が鳴る。


「あ、授業始まっちゃうね」

「あ、あの、二人共放課後って空いてる、かな。もし時間があれば、話したいことがあるんだけど……」


 蛍の言葉に特に予定がないことを伝えた二人は、放課後に教室でと約束をして、それぞれの席に着いた。


 朔夜が椅子に腰かけて扉の方へ顔を向ければ――艶やかな黒髪を靡かせた葵が、急ぎ足で教室へと入ってくる姿が視界に映った。一瞬目が合ったような気がしたが、朔夜がにこりと笑顔を浮かべると、葵はスッと視線を逸らしてしまう。

 そのまま窓側の一番後ろの席、一つ空けて朔夜の左隣の席へと静かに腰を下ろしたのだった。



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