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ワンハンドレッド・ヒーロー  作者: リューイチ
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プロローグ

「朝だーーー!!!!!」

 

 この男、元気過ぎる。

 あふれんばかりの元気で無理やりベッドから体を起こす。


「―――殺害されました。警察は、百人殺し(ハンドレッド・キラー)の犯行とみて捜査を―――」


 現在地、郊外のワンルーム。テレビ、冷蔵庫などの家具が元々狭い部屋の窮屈さを際立たせていた。寝る前からつけっぱなしだったテレビを切り、寝汗を拭うためにシャワーに向かった。


「それにしても、世知辛い世の中だなァ」


 暗いニュースを牛乳と共に飲み込み、仕事の準備をする。


(僕が良くしていかないと……ね)


「今日の”依頼”は……」

「創造の女神……? イタズラかなんかか?」


 自分のホームページにて募集している”依頼”。これをこなして報酬を得るのが男の仕事だ。

”依頼”をこなす為に外出の準備を整える。ドアノブに手をかけ、扉を開こうとした瞬間だった。


「今日も一日頑張る……ぞ……」


 己に発破をかけ、意気揚々と一歩を踏み出した先には、今まで見慣れた日当たりの悪い通路ではなく、なぜか真っ暗な空間に無数の光がぽつぽつと点在している謎の空間へと変貌していた。


「は?」


 あたり一面の銀河であった。


(……えッ! 何で宇宙!? 外じゃない! ナニコレ! 怖いんですけど!)


 見た目に反して重力は働いているようで足元は透明な板の様なものが敷かれているのか、歩けるようになっている。足元や背後、前方にも銀河は広がっている。


 しかし一番の問題はそんな些細なことではなかった。この状況にて最も狂っているのは、宇宙空間などではなく、そこに鎮座する、巨大な歯車のような、モニュメントであった。


(デカッ……デカい時計? 歯車?)

(よくわからんけど……進むしかない……のか?)


 空間は奥へと続いており、進んで行くにつれモニュメントのプレッシャーは強くなっていく。


「クおおおッ……!なんかッ、なんかもう座りたい!」


 少なくとも地球の物とは思えないそれは、おおよそ人間には出せないような威圧感を放っていた。思わずひれ伏してしまいそうな存在感は、神々しさすら帯びていた。


「こんにちは。人間さん」


 ある程度近づいたとたん、柔らかな女性の声が響いた。


「喋っ……た?」


 喋った。というよりは、目の前のモニュメントから脳に直接情報が流れ込んでくるようだった。かつて体験したことがなかった感覚に、船酔いのような感覚が襲ってくる。


「いきなりこんなことになって困惑しているでしょう」

「まぁ……そうですね」

「とりあえず、座ります?」

「あっハイ」


 謎の光と共に現れた椅子に座りこむと共に、この頓智気(とんちき)な状況の整理をしていた。謎の機械の意外にも物腰丁寧な口調に安心したのか、思考がだんだんクリアになっていく。


「あの、スミマセン」

「何でしょうか」

「ここ、どこですか……?」


 起きて出掛けようと思ったら急に宇宙が広がっている。いまだに悪夢の続きを見ている気がしてきた。


「当然の疑問でしょう。まずは自己紹介を。私は創造の女神。”創造”という概念を(つかさど)っています」

「女神サマ……? アッ! そういえば!」


(あのメールの送り主……!)


「どうかなさいましたか?」

「……いえ。なんでも」

「それにしても女神様っていうとなんかファンタジーな感じのお話に出てくるアレみたいな存在ってコトっすか?」

「そうですね。要領を得ないですが……あなたが納得できているならどの解釈でも宜しい」


 その後創造の女神の話を聞いたが、女神は他にもいて、それぞれ何かを司る……支配しているといったことだった。女神が担当していない概念は存在せず、女神が見放した概念は早々に終わりを迎えると言う。創造の女神というのは要は何か作ったり、生まれたりするという事象そのものを管理しているという事らしい。また歯車は創造のシンボルとしてわかりやすく、気に入っている為、その姿を模している。というのは本人の談であった。


「そしてここは私の作った空間。私以外の者は本来立ち入りできません」

「なるほど……」

「ってそんなの信じられませんよ!練習してきたか知らないですけどスラスラと……」

「嘘ではありません」

「付き合ってられない。帰りますよ(ぼか)ァ」


 立ち上がり、ズカズカと後ろのドアに向かおうとする。


「私の許可なしにはここから出られませんよ。百人殺し(ハンドレッド・キラー)さん」


 目元が一瞬引きつる。


 ”百人殺し(ハンドレッド・キラー)”―――


 現代において、殺人を繰り返し、それでいて全く証拠を残さず、未だに犯人がどんな人物なのかすら判明していない。一部では妖怪だとか、陰謀論だとかで騒がれている。その存在自体に共鳴し、犯罪者が年々増加しているともいわれている。そんな中ついに被害者が100人を突破し、侮蔑も込めてそう呼ばれる。最悪の連続殺人鬼。


「……あぁ、あの今話題になってるやつ。怖いですよねェ」


 外に出ようとしていた動きをピタリとやめ、女神の方に顔を向けた。少し前とは纏うオーラが明らかに変わっている。


「あなたなんですよね?」

「そんなわけないじゃないですか。女神様ならわかるでしょう?」

「えぇ、わかりますよ」

「なら」

「認識なさい」


 女神の体の歯車が音を立てて動いたと思いきや、突如脳内に名前が羅列される。その数127名。


(あぁ、この名前は)

(知っている)


 男の正体、正に百人殺し(ハンドレッド・キラー)その人であった。


「あなたが手にかけた人たち全員の名前です」

「えぇ。覚えています。私が殺しました。」

「……」

「……それで?僕が連続殺人鬼だったらなんなんですか」

「それこそ今回私がこちらにあなたを招いた理由でもあります」


(今まで殺してきた奴らの敵討ち? それとも情報を盾に金でも要求されるか……?)


「世界を、救ってもらいます!」

「はい!?」

「100回!」

「100回ィ!?」


 突拍子もないファンタジーの激流と、とんでもない要求に、思わず”仕事”モードが切れてしまった。


「今私が見守っている100の世界を平定。平和をもたらすのです!」

「イヤイヤ! 異世界転生はわかるけど! 100って! すべてにおいて急すぎるから! そもそも僕連続殺人鬼ですよ!そちらこそご存じですか!?」


 先ほどから見せられている異能。到底人間には不可能。ここが謎の空間なのも、目の前の巨大な歯車が女神なのもおおよそ嘘ではない。気がする。ならきっと異世界に行かされるのもも本気なんだろう。


「ご存じですよ」

「えっ」

「私はあなたの”今まで”をすべて見てきました。あなたは無差別に殺人を行っているのではない。依頼人としっかり話をして、法で裁けない相手を選んで粛清しているのでしょう。依頼人が誰も口外せず、未だ足取りがつかめていないのも信頼を得ている証拠なのですよね」

「……本当に何でもご存じ、なんですね」


 百人殺し(ハンドレッド・キラー)。その正体は正義に生きる殺し屋であった。しかし殺人は殺人。感謝はされても世間からは基本恐れられ、また存在することによって他の犯罪者が増長してしまっているのもまた事実であった。


「あなたは今、光にも影にもなれておらず、両者にとっての毒となり始めています。この先待ち受けているのは破滅のみ……私はそんな貴方を見ているのがつらいのです」

「だからってなんで異世界なんですか?」

「私はね、女神である前に百人殺し(ハンドレッド・キラー)の一ファンであるのですよ」

「知れたもんじゃないっすけどねェ……」

「だからあなたには世界そのものを変える力をこの旅で養ってほしいのです。そうすれば、地球でもきっとあなたの夢を成し遂げることができるでしょう」


 無茶苦茶なことを語るものだとも思ったが、女神の声色は冗談を言っているそれとはまったく違っていた。


(夢、か……)


「……そもそも自分の見守る世界の平定なんて女神サマの仕事じゃないんですか?」

「だから今、仕事をしているではないですか」

「……ハァ」


 連続で放たれるだるい女神ジョークにため息が抑えきれない。


「……急にこんなことに巻き込まれてあなたも困惑しているでしょう。しかし私はあなたにはこの旅を通して人の命の重みを再認識してほしい。人の営みから成る生命の喜びを体感してほしいのです。そうしたらきっと、あなたのこれからはきっと良い方向に進んで行くでしょう」

「……わかりましたよ。100個の世界平定、やってやりますよ!」

「よかった。決心して頂けたのですね」


 正直こんな暴論叩きつけられて、ほぼヤケクソだったが、異世界での冒険を考えると正直ワクワクしている自分もいた。


「……さて、長い旅になります。旅の途中で仲間を探すのも良いですが、ここで心強い相棒を一人つけましょう」

「えっ、相棒?」


 唐突な提案であった。女神なりに百人殺し(ハンドレッド・キラー)を思ってのことであるのだが、如何せん急な話であった。


「この旅、一人では途方もないものとなります。私の力であなたは冒険中、老いはしないですが心の方はどうしようもない。大丈夫ですよ。足手まといにはなりません。今のところあなたより強いですから」

「いや、そういう事じゃなくて―――」


(こんな途方もない旅に無理やり連れていかれるその人の心境どうなんだ!てか今サラッととんでもないこと言わなかった?)


 女神は聞く耳持たずに、また体の歯車を回すと、目の前に扉が現れた。


「さぁ、おいでなさい」

「え、もう来るの!?」


 そういうと向こう側から扉が押し開けられ、”相棒”の姿が露わになろうとしていた。


(いきなりパートナーって……嬉しいっちゃ嬉しいけどドキドキしてきたな……)


 コツコツと鳴らしながらこちらへ歩いてくる音が聞こえる。


(来るぞ……! 優しそうな人だったらいいけど……)


「ただいま参りました。女神」


ついに目の前に現れたのは女性であった。刺すような目つきと流れるような金髪。手を後ろで組み背筋を伸ばして立っている。身長は男よりやや低めで、軍服にかかっている胸の勲章が光る。軍人だった。


(いかにも厳しそうな兵隊さん来たー―ー!?)


「お待ちしておりました」


 創造の女神に一礼した後、男を品定めするように観察していた。


「……フム」

「……スミマセン、なんかついてます?」

「いや、失礼した。気にしないでくれ」


 そういうとまた女神の方を向く。少し喋っただけでわかる威圧感。女性だからと侮ってはいけない。少なくともコスプレなどではない。女神とはまた違うプレッシャーを放っていた。


「紹介します。彼女は―――」

「いえ、私が」


 創造の女神の紹介を遮り、挙手したのは軍人の女性だった。


「私は東グランドリア王国軍大佐、サンダーバードだ。よろしく」


 東グランドリア。地球には存在しない国の名前だ。女神の言う、”世界”の一つになるのだろうか。そしてそんな世界の住人である彼女は、こちらへ手を差し伸べ、握手を求めている。


(なんだ。結構いい人そうだ。緊張して損したかもな)


「あぁ、これからよろしくお願いしま―――」


 瞬間、閃光―――


 握手に応じた瞬間であった。サンダーバードの手から2000A(アンペア)の電圧を誇る電流が放たれた。


「オギャァアアアアア!!!」


 灰になった赤ちゃん(アッシュ・ベイビー)誕生の瞬間であった。


 東グランドリア―――

 元はグランドリア王国として存在していたが500年ほど前に国王の暗殺事件をきっかけに分裂。西と東に別れ戦争を行っていた。サンダーバードとは戦時中に大きく発展した東グランドリアの技術力を持って生まれた電流を自在に扱える軍事用の改造人間の名であった。


 サンダーバード 能力『電流』!


「クククッ、呆気ないな。なにが百人殺し(ハンドレット・キラー)だ。私は犯罪者が嫌いだ。次にから揚げにレモンを勝手にかける奴。まぁ、悪く思うなよ」


 軍帽をを深くかぶると炭になった百人殺し(ハンドレット・キラー)だったものに一瞥し、扉へと向かっていこうとする時―――


 灰が突如光り始めた


 その直後灰は蠢き、人の形を取り戻していく。手、足、目や鼻などが順次再生していき、やがて元の血色を取り戻していった。


「エ!? 何!? 今殺されたの!? そして生き返った!? とりあえず生き返らせてくれてありがとね女神様!?」

「いや、私は何も――――」

(百人殺し(ハンドレッド・キラー)……ただの殺人鬼だとは思っていませんでしたがまさかここまでとは……)


 予想外の出来事から成る女神の焦りは、再生能力の持ち主がこの男であるという事を証明するには充分であった。


(なッ!? 再生したのか……ッ!? なんだコイツは……! 本当に人間なのか!?)


「そして軍人さん!なにしてくれてんだ!」


(ありえない! 人間の致死量の約20000倍の電流を喰らわせてやったはずだ!)


「私が言えたことではないが、あえて言おう。貴様、バケモノか?」


「……まぁいいや」


そういった後、一歩ずつ。ゆっくりとサンダーバードに近づいていく。


(マズい、来るッ!)


 思わず身構えたサンダーバードに近づいた後。

 まだ再生の副作用で震えている右手の代わりに左手を差し出した。。


「……痛かったけどそっちが警戒するのもわかる。犯罪者なのも間違いない」

霧切聖(きりぎり ひじり)。22歳男性独身。殺し屋やってます」


「……フム。いいだろう。暫くは協力してやる」

(私のような改造では無い天然のギフテッド......興味がないわけでは無いが......)


 握手が成立した。同時に女神の体が軋む。笑っていた気がした。


「あなたたちならきっとこの旅、やり遂げられると信じていますよ」

「ホントかよ……」

「どうだかな……」


今、歪な人間二人の歪んだ歴史が紡がれようとしている。

大目に見て下さい

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