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16 枢機卿バルトルト

「――これは一体どういうことですか?」


 眼前の人物たちにバルトルト枢機卿は言い放った。

 冷静な口調ではあったが、明らかな憤りが含まれていた。

 ここは聖ファルムス教団特別行政区の教団院、バルトルトの私室。

 神に仕える者としては不釣り合いな、我欲に塗れた豪奢な家具がそこかしこに置かれていた。

 ソファーに座っているバルトルトの正面には、同様に腰を掛けているユリアン王太子と現聖女ドーリスがいた。

 彼らの間にはテーブルがあり、その上には幾つもの書類が置かれていた。

 ユリアンは不服そうに、ドーリスはやや不安そうにしている。

 緊迫した空気の中、ドーリスが恐る恐る書類に目を通し始める。


「こ、これは何かの間違いです!」

「何かの間違い。なるほど、信徒からが281件、教団関係者からは91件。すべてドーリスとユリアン王太子、二人に対しての批判的な意見書です。聖神教において聖域ともいえる治癒場で私情を優先するなど言語道断。その上、治癒を放棄、あるいは手抜きをする始末……これは由々しきことですぞ」

「はっ! そのような下民の意見など放っておけばよいではないか」


 不満げなユリアン王子の態度を受け、バルトルトの片眉がピクリと動いた。


「信頼は聖女にとって必須。信奉者がいなければ、聖神教の象徴とはなり得ません。大きな後ろ盾を得ることができ、多額の寄付を得て、強大な権力を握る。聖神教団の根幹は聖女の信頼あってのもの。多くの民を心酔させることこそ肝要なのです。宗教とはそういうものです」

「……ふん。民草に取り入ろうなど、愚かな」

「その愚かな行為こそが、聖ファルムスの礎なのですぞ!」


 バルトルトは声を荒げた。

 普段冷静な彼には珍しく、感情的になっている。

 どれほど状況が切迫しているのか、ユリアンやドーリスにも多少なりとも伝わったらしい。


「とにかく、ユリアン王太子は今後治癒場に出入りしないように。それと、聖女の公務中はドーリスに近づくことを禁じます」

「な!? なぜそんな要求に従わねばならない! 僕はドーリスと……」

「ユリアン様」


 じっと見つめるバルトルトを前に、ユリアンは言葉を失う。

 わなわなと震え、恥辱に耐えるように顔をしかめるユリアンだったが、何を言うでもなく顔をそむけただけだった。


「ドーリス。あなたもわかりましたね? 真摯に、民と向き合うのです。そうしなければ聖女の力も発揮できませんし、聖女としての威厳や信頼を失います。今後は聖女としての公務を全うすることに努めるように」

「……わ、わかりましたわ」


 ドーリスは青ざめながら視線を落とした。

 これほどの殊勝な態度ができるのに、どうしてあのような所業をしたのかとバルトルトは内心で嘆息した。

 とりあえずは二人は納得したようだと安堵したバルトルトは、いつもの温和な好々爺を演じる。


「では話は終わりです。お二人ともお願いしますね」


 ユリアンは小さく鼻を鳴らして出ていった。

 ドーリスは一礼し、慌ててユリアンの後を追った。

 静かになった私室で、バルトルトは眉間を指で押さえながら、目を瞑った。

 すべては順調に事が進むはずだった。

 平民の上、孤児の元聖女シリカを追放し、貴族の娘であるドーリスを迎えれば、血筋は問題なく王太子であるユリアンと婚姻を結び、聖神教団の権力はより強固になるはずだった。


 だが、シリカがいなくなってから問題が続出した。

 シリカという枷がなくなったせいか、ユリアン王子は身勝手に立ち振る舞い民からの評判は最低だ。

 ドーリスは貴族として持てはやされて生きてきたせいか、誰かに尽くすということを知らない。

 ゆえに聖女としての資質は著しく欠けており、加えて聖女としての能力も低い可能性が高い。

 目の前に積まれた大量の意見書を一枚手に取るバルトルト。

 そこには『シリカを聖女に戻して欲しい』と書かれていた。

 一つだけでなく、その要求はほぼすべての意見書に書かれていたほどだ。

 聖神教団は表向き、民に寄り添い、救いとなる組織であるがため、民からの意見を広く受け入れているという姿勢を見せている。

 実際、それは信徒や教団関係者の評価を知ることができ、重宝する面もあるのだが。

 バルトルトは憤りながら、意見書を握りつぶした。


「ぐうぅぅっ!」


 うめき声をあげ、顔を真っ赤にして拳を握った。

 今更シリカに戻ってこいなどと言えるはずもない。

 バルトルトのプライドがそれを許さなかった。

 だが現状では、明らかに誤った方向に行こうとしている。

 このまま突き進めば……聖神教団の行く末は決して明るくはないだろう。

 バルトルトは一人、ただ静かに苛立ちを自らの内に抑え込んだ。

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