第1話 ホテルの前に
「東京を思い出すわね」
時刻は夜の十時過ぎ。
名古屋駅の新幹線口から出て目に飛び込んできた光景に、涼帆はぽつりと漏らした。
「わかりみが深い」
俺は目線を上にあげる。
高すぎるビルを見上げたら首が痛くなる感覚に、新宿の高層ビル群を思い出した。
家出して以降、今まで訪れていた観光スポットの中でも名古屋駅前はダントツの都会度を誇っていた。
高さ200m以上はあると思われる巨大ビルが、駅を中心として何本も聳え立っている。
夜景は高い場所から見た方が綺麗に映る印象だが、下から見上げるビル群もなかなかなものだと俺は思った。
「さ、まずはホテルに向かいましょうか」
「予約は……」
「ばっちりよ。ここから歩いて10分くらい」
「流石」
涼帆の相変わらずの用意周到さに舌を巻きながら荷物を持つ手に力を入れたその時。
くうっと、どこからか可愛らしいお腹虫の鳴き声が聞こえてきた。
名古屋駅前の雑踏が耳に残される。
「……さっき鰻、食べなかったっけ?」
「……気のせいよ」
「鰻を食べたのが?」
「ち、ちがっ。鰻はちゃんと食べた! でもちょっと高級志向で量は少なめだったと言うか……って、そもそもお腹なんか鳴らしてないから!」
「いや、俺は一言もお腹の音とは言ってないんだけど」
「〜〜〜!!」
あ、自爆した。
バッと顔を覆って膝を下り、鬼ごっこで隠れる子供のように背中を丸める涼帆。
「……今日はいろいろあって疲弊しているからか、普段よりも多くのカロリーを身体が欲しているの。それで……」
「うん、おけ。俺も言われてみるとちょっと小腹は空いている気がするから……とりあえず、軽く夜食的なのを食べてからホテル行こうか」
俺が提案すると、涼帆は小さくこくりと頷いた。
◇◇◇
急遽、空腹を訴えてきた小腹を満たすため、俺と涼帆は鳥料理のお店に入った。
名古屋コーチンを使った炭火焼きや唐揚げ、そして親子丼などがメニューに加えられている。
流石にこの時間に脂っこいものは控えようと言うことで、名古屋コーチンの親子丼を二人で注文した。
「よっぽどお腹が空いていたのね」
やってきた親子丼を無心で頬張っていると、涼帆が言った。
ちなみに涼帆は女の子の胃の容量らしく、ハーフサイズだ。
「いや、おまいう?」
「私はハーフサイズよ。通常サイズを注文した翔くんと比べて控えめだわ」
「いや、シンプルにそれは男女の差だろうに。まあ、お腹は空いていたけど、単純に美味しいんだよ」
今まで食べてきた鶏肉よりも、名古屋コーチンは歯応えがあるように感じた。
よく締まっている、と言うべきか。
噛めば噛むほど旨味が染み出してきてコクを感じる。
それをとじている卵はとろとろで、ダシと醤油のタレによく絡んでいた。
「夜食としては最高だな」
「珍しく同意するわ」
「珍しくて」
「たまには、翔くんの気まぐれチョイスも当たるものね」
今回のお店は涼帆の検索ではなく、ホテルまでの道中にあって気になったお店にふらっと入った。
無論、俺の提案である。
元々は検索人間だったはずの涼帆は、特に文句を言わず一緒についてきてくれた。
小さいが、確かな涼帆の変化に、なんだか嬉しくなる。
「何よ?」
「いや、別に」
「も、もしかして、ご飯粒……」
「口元に糊でもくっついてんのかってくらい、つけるよな涼帆は」
ぐしぐしぐしっと、顔を真っ赤にした涼帆が慌てて口を拭う。
熱海でよく見た光景で、なんだか懐かしい気持ちになった。
名古屋飯一発目は、なかなかに良いスタートを切ったのであった。
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