第5話 東京→熱海
「買い物に行くわよ」
電車が東京駅に到着するなり、七瀬が言った。
「駅弁買うのか?」
「やっぱり脳みそ、8割くらい無いんじゃない?」
「さっきより減ってる!」
「今から旅行するのよ? 私の手ぶら具合を見て何も思わない?」
「あっ……」
察した。
恥ずかしくなった。
気が回らないと言うか、周りが見えないと言うか。
こういうところで人との関わりの経験の少なさが露呈してしまう。
俺も七瀬のことは言えないな。
東京駅の八重洲地下街は、いわば巨大ショッピングモールである。
日本有数のターミナル駅だけあって、夜の遅い時間帯でも多くの店が営業していた。
七瀬はまず、旅行用のキャリーケースを購入した。
それから下着や服やら化粧品やら、なんだかよくわからないけど色々購入していた。
資金源どうなってんの?
シンプルに疑問に思ったが尋ねるのも無粋だと思って、親が裕福なんだろうと自己完結する。
「さて、どこに行くのかしら?」
制服姿であることを除けば海外旅行ばりのフル装備になった七瀬が尋ねる。
「えーと、どこに行こう?」
「どうするつもりだったの?」
「なんとなーく、気分で乗りたい電車に乗って、降りたいところで降りようかと」
七瀬が『こいつマジか?』と言いたげな目をした。
「せめて目的地は決めましょう。新宿から池袋に行くとしても、埼京線で行くか山手線でいくかで5分以上変わるのよ?」
「何も分単位でこだわらなくても」
いやまあ、出来ることなら埼京線に乗って時間節約したい気持ちはわかるけど。
細かい事は気にせずとりあえず行動派の俺と違い、七瀬は慎重に計画を練って動き出すタイプらしい。
自分とは真逆な思考のため、とても新鮮に感じた。
「七瀬はどこか、行きたい所はないのか?」
「私? えっと……」
腕を組み、しばらく考え込んでから、七瀬はさらりと口にする。
「天国とか?」
「現世で頼む」
「むぅ……じゃあ、熱海とか?」
「なかなか渋いチョイスきたね」
「し、仕方がないじゃないっ。旅ときたら温泉かなって、急に降って湧いたのよ」
「温泉だけに湧いたのか」
「上手いと思ってる?」
「思ってないから流してくれ」
「掛け流しだけに?」
「それは結構上手い」
七瀬は得意げに鼻を鳴らした。
「よし、じゃあ行くか、熱海」
「えっ……いいの? そんな簡単に」
思いがけないご褒美もらえた子供みたいに、七瀬が目を丸める。
「行きたいなら行くんだよ。そういう旅だし、これ」
という趣旨とは別に、なるべく七瀬の要望に答えたいという思惑もあった。
その方が、旅先で楽しんで貰えて感情がプラス向きになりそうだから。
「なるほど……ぶらり旅なのね」
「そう、ぶらり旅。熱海は東京からだと、上野東京ラインで行けるかな?」
「新幹線で行きましょう。1時間は節約出来るわ」
「めちゃくちゃ急ぐやん」
「時は金なりよ。お金で買える時間は買った方がいい」
「さっきその時間を無にしようとしていた人がなんか言ってる」
「今は生きるモードなの。死ぬモードの価値観はいったん端に寄せてるわ」
なんだ、モードって。
まあ、俺も資金はそこそこにあるし、せっかくだからいいか。
というわけで、新幹線に乗り込み熱海へGO。
したと思ったら40分くらいで到着した。
「行き先が冥土から熱海に変わるなんて思ってもみなかったわね」
ツッコミに困る七瀬の呟きはスルーしておく。
観光地とは言え夜も遅いため、熱海駅前は閑散としていた。
この時間帯に親の目もなく遠出していると言う状況に、不思議と心がそわそわした。
「とりあえず今日は宿に泊まって、明日に備えよう」
「さっき駅前のビジネスホテルを予約しておいたから、行きましょう」
「用意周到すぎない?」
「高橋くんの計画性がなさすぎるのよ。取ったのは二部屋だから、期待しないでね?」
「俺をなんだと思ってるんだ」
「性欲」
「人ですら無いただの概念かよ!」
「近所迷惑だから喚かない。ほら、早く行くわよ」
「誰のせいだ、誰の」
ゴロゴロとキャリーケースを転がす七瀬の後ろを、俺はため息と共に付いていった。
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「急いでる時は山手線より埼京線(もしくは湘南新宿ライン)に乗りたいよね」
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