第24話 ナマケモノ
「ナマケモノの平均睡眠時間はどれくらいだと思う?」
ぶらり旅3日目の朝。
チェックアウト後。
ホテルのロビーで突然、七瀬がクイズを出してきた。
「……12時間くらい?」
結構真面目に考えて答えると、七瀬は有罪判決を言い渡すような顔で言った。
「不正解。正解は、15時間から18時間よ」
「超寝るじゃんナマケモノ」
「では質問です。高橋くんの昨日の睡眠時間は何時間でしょう?」
「……15時間です」
「ナマケモノに改名しなさい」
口の『へ』をいっそう鋭くする七瀬。
どうやらお冠らしい。
「ま、まあー、昨日はたくさんと動き回ったからね。なんかめっちゃくちゃ疲れ溜まってて、部屋に戻るなり爆睡しちゃってさ」
「それで、チェックアウト10分前に目が覚めたと?」
「いやーー、びっくりしたよ。目が覚めてスマホ見たら七瀬から不在着信来まくってるし、誰かがドアを借金取りみたいに叩いてるし」
「私もびっくりしたわ。なにせ、チェックアウト1時間前出発を目安にゆったり準備していたはずなのに、誰かさんがナマケモノになるせいで、ドアを叩かないといけない事態になったんですもの」
「警察が俺たちを連行しに来たんじゃないかってびっくりしたよ」
「私も、チェックアウトの時間に間に合わないんじゃないかとヒヤヒヤしたわ」
「でも流石に焦り過ぎじゃね? チェックアウトの時間、少しくらい過ぎても超過料金はかかんないだろうし」
七瀬は何かと計画や時間にカッチリするタイプだ。
だから、チェックアウト時間が10時と決められていたら、絶対にその時間までに鍵をフロントに返却したい。
という強い考えがあったのかもしれない。
「……になったのよ」
「え?」
「心配になったのよっ、何十回電話かけても出ないし、ドア叩いても音沙汰ないし……何かあったんじゃないかって心配したの、少しだけ!」
どう見ても少しだけじゃない様子で七瀬が言った。
しばらく、七瀬の言葉を咀嚼できなくて呆けてしまった。
少しして意味を理解した後、なんとも言えない気恥ずかしさが到来した。
「……それは、ごめん」
謝罪すると、今度は七瀬が目を逸らした。
こんなこと言うつもりなかったのに、みたいな顔をしている。
「でもありがとう、心配してくれて」
「だから少しだけよ、少しだけ」
「とりあえず、今のところ俺は健康体だから、安心してくれ」
「当然よ。私より先に高橋くんが死ぬなんて、本末転倒だわ」
「それは確かに」
「せめて私が死ぬまでは生きてなさい」
「じゃあ、あと70年は死ねないな」
「意外とすぐに死ねるようになるかも?」
「せめてこの旅が終わるまでは生きていてくれ」
「それは……気分次第ね」
七瀬が言葉を濁す。
この様子だとまだ、自殺願望は消え去っていないらしい。
まあでも、七瀬の性格的に何も言わずふらっと旅立つような真似はしないだろう。
しないと信じるしかない。
俺に出来る事といえば、目の届く範囲で七瀬が変な気を起こさないよう目を光らせておくくらいだ。
「てか冷静になって考えてみれば、俺と七瀬はお互いの事をほとんど知らないよな」
「藪から棒に何を当たり前なことを?」
「いやほら、仮にも一緒に行動しているんだし、今回みたいなことが起こらないためにも、睡眠の特性とか共有しておいた方が良いかなと」
「珍しく一理ある事言うわね」
「珍しくは余計じゃい。で、俺は人より眠りが深くて長時間睡眠が必要な身体だから、応答がない時は十中八九寝ていると思ってくれ」
「日中はさほど頭使ってなさそうなのに、やけに休眠は必要なのね」
「さほど頭使ってないは余計じゃい」
「ロングスリーパー気質なのは理解したわ。次からはそう思うことにする」
「助かる。ちなみに、七瀬はどうなんだ?」
「……」
「なんで俺、ゴミを見るような目を向けられてんの?」
「人の眠りの特性を聞くなんて、睡眠中にいかがわしい事をしようと企んでいるようにしか思えないわ」
「しねーわ! 企てたとしても、遠回しすぎるわ!」
「冗談よ。深さはランダムだけど、普通は6時間、疲れている時には7.5時間の睡眠をとるようにしてるわ」
「睡眠までスケジュール管理されているとは思わなんだ」
「6時間以上、1.5の倍数時間が私のベスト睡眠時間だとわかってから、勉強効率も行動効率も段違いに上がったの。まず人がすべきなのは、自分の身体のスペック調査ね」
生き生きとした様子で語る七瀬。
効率化、合理化の話題になると、わかりやすく七瀬のテンションが上がる。
という事くらいは、七瀬に対する理解が深まっていた。
【恐れ入りますが、下記をどうかお願いいたします】
「面白い!」
「続きが気になる!」
「今回の章も期待!」
と少しでも思ってくださった方は、ブクマや画面下の『☆☆☆☆☆』からポイントを入れていただけると幸いです。
皆さんの応援が執筆の原動力となりますので、何卒よろしくお願いします。




