第11話 熱海のお昼ご飯
お昼どうしようか会議でも、俺と七瀬で性格の差が出た。
商店街を散策しながら気になった店に入ろうと提案した俺。
それに対し、七瀬は飯ログで最も評価の高い店に行きましょうと言った。
「ネットの評価が高い店なら、失敗は絶対しないはずよ」
「失敗したら失敗したで良いんじゃない? ぶらぶらしてふらっとお店に入るのも、旅の醍醐味だと思うんだけど」
「そのふらっと入ったお店を外すリスクがあるわ。せっかくお金と時間をかけて遠くまで来たのに、食で残念な思いをするのは非合理的だと思うの」
「言われてみればまあ、確かにそうか」
結局、七瀬の案内で飯ログの評価が高い店に行くことになった。
やってきたのは落ち着いた佇まいの和食屋さん。
入店してふわりと漂ってきた木の香りに期待と緊張が高まる。
普段、外食といえばチェーン店ばかりの庶民なので、胸のあたりが妙にそわそわした。
案内されたお座敷の席は、熱海の海が一望できるロケーションで開放感抜群だった。
着物姿の店員からメニューを受け取る。
俺は見た目が宝石箱みたいでビビッときた海鮮丼を、七瀬はお店の一番人気である金目鯛の煮付け定食を注文した。
「一番人気メニューを頼むあたり、七瀬らしいね」
「その店が一番自信のあるメニューって事だもの。何度も来れない店なら、それを最優先で食べるべきだと思わない?」
「言わんとしている事はわかるけど、俺は完全にフィーリングで決めちゃうなー」
「こういう輩が、富士そばでカレーを頼むのね」
「え、富士そばのカレー美味しくない?」
「そばと銘打ってるのに、なぜわざわざカレーを注文するの? カレーはココイチで食べれば良いじゃない」
「その時の気分が何よりも優先されるんだよ、俺は」
「どうやら高橋くんとは食の方向性が合わないようね」
「食じゃなくて、もっと根本的な部分が合ってない気がする」
そりが合わない会話に花を咲かせていると、注文の品がやってきた。
海鮮丼は窓から差し込む陽の光に反射して、本当に宝石箱を目の前にしたみたいだった。
こんなの美味しくないはずがない。
事実、絶品だった。
トロ、はまち、サーモンといった切り身は大振りで、生臭さを全く感じさせない鮮度抜群さ。
ウニはトロトロで甘みがあり、頭付きのエビはぷりっぷりで食べ応え抜群だ。
「最高だ……」
今の気分を表すのに、それ以上の言葉があるだろうか。
学校で冷たくなった弁当をつついている時間に、熱海の海を眺めながら極上の海鮮丼に舌鼓を打つ。
その開放感たるや語彙力が崩壊して言葉に言い表せない。
……さっきから妙に七瀬が静かだな。
ちらりと見ると、目を閉じ、宙を仰ぎながらもぐむぐ口だけ動かす七瀬が映った。
相変わらずムスッとした表情だが、至福オーラが隠しきれていない。
口元についたご飯粒が、無我夢中で食べていた事を象徴していた。
「……何よ?」
「いや、意外と子供っぽいところあるんだなって思って」
「はあ?」
じろりと、七瀬が睨んでくる。
「どこをどう見てそう思うのよ。第一、高橋くんにだけは言われたくないわ」
相変わらず鋭利な瞳で凄んでくるが、ご飯粒を付けたまま言われるとハムスターが威嚇しているようにしか見えない。
なんだこの微笑ましい生物。
「ごめんごめん、お子様ランチ食べてる子供みたいな顔してたから、つい」
「そ、そんな顔していないわ。私が選んだお店なだけあって料理が美味しかったから、しっかり堪能してただけ」
「いつも険しい表情してるから、緩んだ顔が新鮮だったのかも」
「いちいち鼻につく事を言うわよね、高橋くんは」
「ご飯粒つけてる人に言われても」
「っ……!?」
ぐしぐしぐし!
七瀬が慌てて口元を擦る。
その仕草が余計に子供っぽい。
「トイレ行ってくる」
「あ、こらっ」
流れ的に噛みつかれそうだったので退散した。
後ろから唸り声が聞こえてきた気がするがスルーする。
事を済ませてスマホを見ると、親から不在着信が何件か来ていた。
見なかった事にした。
席に帰ってくると、七瀬はすっかり食べ終わっていて、金目鯛は綺麗に骨だけになっていた。
「早く食べちゃいなさい、温泉に行くわよ」
どうやら、ご飯粒の一件は無かったことにしたようだ。
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