第10話 瑠花さんの悩み
「話?」
七瀬が怪訝そうに眉を顰める。
「そう! 今日、私は人生を賭けた大勝負を打つの! それが成功するように、足湯でお祈りしてたんだけど」
ああ、だからさっきブツブツ言ってたんだ。
「祈るなら普通、足湯じゃなく神社では?」
「え? だって気持ちいじゃん、足湯」
この人の言動については足湯くらいの深さで考えるのがちょうど良さそうだ。
「人生を賭けた大勝負って、告白か何かかしら?」
「うぇぇっ!? なんでわかるの!?」
超能力者!? と瑠花さんが大仰に驚くリアクションをする。
「さっき自分のことを恋に悩むビッチと自称してたから」
「ビッチちゃうわ! 乙女だし!」
むっきーと、瑠花さんがわかりやすく地団駄を踏む。
「でもそこまで分かっているなら、話は早いね!」
「まだ話を聞くとは言ってないのだけれど」
「まあまあ、聞いてあげようぜ。どうせ時間はあるんだし、旅先で出会った人と交流するのも、旅の醍醐味のひとつだと思う」
シンプルに俺は、瑠花さんに興味が湧いていた。
身の回りに瑠花さんみたいなタイプはいないから、とても新鮮だ。
「……まあ、一理あるわね」
諦めたように息を吐く七瀬。
筋が通ってれば納得はしてくれるらしい。
「手短にお願い」
「うあああ! ありがとうりっちゃん!」
「ちょ、抱き着いてこないで」
と言いつつ無理やり引き剥がさないあたり、根っこの部分の優しさが垣間見える。
七瀬に抱きついたまま、瑠花さんが話を始める。
「実は私、今好きな女の子がいて……」
「ストップ」
今なんつった?
「瑠花さん、男の娘ってオチはないよね?」
「ぴっちぴちのLJKでーす☆」
きらーんと決めポーズを取る瑠花さんを見て安堵する。
あの胸の柔らかさはフェイクでしたと言われたら、この世のあらゆるものが信じられなくなる。
「クラスメイトで、名前ははるちーって言うんだけど、可愛くて、頭が良くて、優しくて、初めて会った瞬間から心を奪われちゃってひあうっ」
どんっと、七瀬が瑠花さんを突き放した。
「なにするのよう」
「いや……さっきから変なところ触られているような気がして……」
「触ってないしー! あーしだって見境なく変なことしないから!」
ちゃんと見定めて変なことしてるんだ、というツッコミは飲み込んでおく。
それにしても、まさかの百合か。
瑠花さんほどの美人が美少女ときゃっきゃうふふする姿は確かに想像すると綺麗というか、神秘的だろう。
百合モノが流行るわけだ、うんうん。
「それで、その子とは仲がいいの?」
「それはもう! 学校でずっとぎゅっとしてるし、帰りは恋人繋ぎだし、ばいばいした後は家ではるちーの事を考えながら◯◯(ぴー)してる!」
ヤバいやつで草。
百合の花が枯れていく。
「でも、それだけ仲良かったらいけるんじゃない?」
最近、同性間の恋愛なんて珍しくもないし。
「いやー、それが……」
瑠花さんが塩を舐めたような顔をする。
「はるちー、彼氏いるんだよねー」
「おうふ……」
なるほどそういうパターンか……。
やりとりを聞いていた七瀬が深いため息をつく。
「色々ツッコミどころはあるけど……悪いことは言わないわ、やめておきなさい。貴方が告白をして、相手が了承してくれる可能性は低いわ」
「めっちゃ現実突きつけるやん」
俺も概ね同意だけど。
「だよね〜」
瑠花さんは反応を予想していたのか、へらへら顔で頭を掻いた。
「でも、気持ちは伝えたいの! 出会ってから、今までずっと大好きで……彼氏がいるのはわかってるんだけど、愛の大きさならあーしも負けてないからワンチャン……!!」
「止めておきなさい。客観的に見て、相手に彼氏がいるという状況で貴方の告白が成功する可能性は低いわ。それに……」
冷酷に、七瀬は言い放った。
「同性、という時点で、あなたが恋愛対象として見られる可能性も低いわ」
「……だ、だよね〜」
また、瑠花さんがへらへら顔で頭を掻く。
さっきに比べてなんだか、寂しそうだった。
その横顔を見た途端、なんとかしてあげたい、という気持ちが沸き起こった。
「俺は、告白するべきだと思う!」
気がつくと口を開いていた。
屁理屈でもいい。
勇気を出して思いを告げようとしている瑠花さんの、背中を押したくなっていた。
七瀬が「正気?」と低い声で言う。
「というか多分、いやきっと、瑠花さんの中で『告白する!』って決意は固まっているから、今さら俺らがどうこう言ったところで変わらないと思うんだ。分が悪い告白というのは本人が一番わかっているだろうし……」
「自覚があるなら尚更意味がわからないわ。そもそも、その告白には他のリスクもある。下手したら、現状の関係性も壊れてしまうかもしれないし、告白したことが周囲に漏れて、クラスでの居心地が悪くなる可能性もある。考えれば考えるほど、貴方は採算にあってない事をしようとしているわ」
七瀬の語気が、妙な熱を帯びている。
さっきから俺は、一抹の違和感を覚えていた。
成功率の低い告白を決行するという瑠花さんに、七瀬は苛立っているように見える。
まるで七瀬自身が、瑠花さんの失敗を恐れているように感じたのだ。
「よし!!」
ぱんっと頬を叩いて、瑠花さんが立ち上がる。
間を置いて、瑠花さんは言った。
「ふたりとも、ありがとう。おかげで、覚悟が決まったよ」
にっこりと、瑠花さんが開放的な笑顔を彩る。
「今から学校に行って、はるちーに告白してくる! 着く頃には昼休みくらいだから、ちょうどいいね!」
瑠花さんの宣言に、七瀬は信じられないと言いたげに目を見開いていた。
対する俺は、まあ、そうだろうなと納得する。
やっぱり、瑠花さんの中で最初から答えは決まっていたのだ。
今更俺たちがどうこう言ったところで揺るがないくらい。
「りっちゃんの言うこともわかるし、めっちゃくちゃ正しいってのは百も承知なんだけどね、でもやっぱり……あーしはかーくんが言ったように、もう告白しないと気が済まないくらい、覚悟が決まってるんだと思う」
「……そう、なら勝手にすればいいわ」
それだけ言って、七瀬はふいっと顔を逸らした。
これ以上は何も話す事はないと言わんばかりに。
「というわけで、善は急げ! かーくん、りっちゃん、会えて良かったよ! それじゃ!」
そう言い残して、瑠花さんはぴゅーっと駆けて行った。
「なんか、台風みたいな人だったね」
二人になってから、七瀬に言う。
「竜巻よ。ものの見事に、予定を滅茶苦茶にしていったわ」
「予定とかあったっけ?」
「私は分刻みで立てていたわ。足湯に入るのも当初から織り込み済みよ」
「なんという用意周到ぶり……あれ? でも、あと10分とか言いながら30分くらい入ってなかった?」
「…………あれは10分よ」
「え、でも」
「10分なの。気持ち良くて時間をオーバーしてしまったとか、そういうのじゃないから」
そういうのだろ。
足湯に入ってもないのに頬に赤みがさしている様を見て、素直じゃないなあと息をつく。
……まあ、楽しんでくれているなら良い。
「でも面白い人だったなー。普通に過ごしてたら、絶対に出会えないよ」
これぞ旅の醍醐味だと、妙な感慨に浸る。
「私はああいう、リスクを計算せずに行動するタイプは苦手だわ」
「七瀬はそもそも、失敗しそうな事はやらなさそうだよね」
「その認識は間違ってる」
俺に向き合って、七瀬は強い口調で言った。
「失敗しそうな事は、成功するまで突き詰める。それが、私よ」
強い意志を灯した言葉だった。そのあと、七瀬はぽつりと呟いた。
「失敗は……許されないの、ほんの小さな事でも」
──生きることが、面倒くさくなったの。
不意に、声が脳裏にリピートする。
七瀬に何か、言おうとした。
でも、何を言えば良いかわからなかった。
その間に、七瀬はくるりと身を翻して言う。
「お腹が空いたわ。お昼にしましょう」
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