年中無休の結婚市場
とりあえず、フィッツは客人を引き連れてラバーナへの旅に出ることにした。
ニーナが際限なく地獄の犬を屋敷に連れ込むことを阻止するためと、このままでは召使連中が一斉に暇を出してしまうだろう危機を避けるため、そして、シンディ・ハーパーという哀れな女を自分の妻にしなくて良くなる活路を見つけ出すためだ。
年がら年中貴族が湯治にと集まるラバーナは、年がら年中社交シーズンと言ってもよい。
高齢な人しかラバーナに集まっていないと思われがちだが、実は若い男女こそそこに集まっているのだ。
女性一人では旅行が許されないルールであるならば、親戚の高齢女性の付き添いの若い男がいるものであるし、高貴な女性には話し相手という職についた若い女性だって控えている。
また、首都の社交界シーズンが爵位が無くとも貴族と名乗れる階級限定であるならば、絶対にパーティの招待状が届かない大金持ちの商人などの娘や息子達はその結婚市場に顔も出す事ができない。
彼らはより良い血統を得られる可能性のあるラバーナに押し寄せることになる。
金のない貴族の子弟は金のある庶民の娘を狙い付添人として、教養はあるが金のない貴族の娘は裕福な高齢女性の話し相手となってラバーナに乗り込んでの玉の輿婚狙いだ。
普通よりも美しいシンディにはフィッツが持っていたカツラを渡し、それなりに見えるようにしてクラウディアの話し相手役に仕立て上げた。
何も知らないクラウディアは、ラバーナ行きは勿論、話し相手に若く美しい女性を与えられた事に大喜びでフィッツを神様のように崇めているくらいだ。
「ああ。フォルスにはない心遣いですわ。私の子供達は乱暴者ばかりでしたもの。あなたのような男の子もいますのね。」
「フォルスは乱暴者ではないでしょう。」
「あら。私のベッドに蛙を入れた事もありますわよ。」
「あなたに叱られたかったのですね。僕も母と触れ合いたいがために母の布団に毛虫を入れた事があります。」
実際はした事は無いが、クラウディアが男の子が嫌いだと幼いフォルスや彼の兄達を自分から追い払っていたと聞いていたからこそ、フィッツはクラウディアの気持ちをゆすぶってやりたいと返した言葉である。
「そう!そこなのよ!女の子はそういう乱暴な考え方にならないでしょう。私は男の子が何を考えているかわからなくて怖かったの。」
フィッツは思い出した事に大きく溜息を吐くと、馬車に揺られながら向かいに座るニーナを眺めた。
彼女は二冊どころか十冊以上フィッツの蔵書を奪っており、彼の目の前でその本の一冊をこれ見よがしに読んでいた。
本の題名は「補給と運用」。
彼女はフィッツの世界にクラウディアとリュカという補給をして、彼を運用し始めているのだ。
なんて可愛げのない子供だと、フィッツは目を逸らすしかなかった。
そんな憎たらしく大人びているニーナは、足元だけは子供のようでフィッツのささくれた心を少し癒してくれた。
彼女は靴を脱いで可愛らしい足を出しているのだ。
彼はほのぼのとした気持ちで彼女のつま先まで視線を動かして、ほのぼのしていた気持ちがすべて失われてしまった気がした。
彼女の足元には彼女の裸足の足に踏まれて喜ぶだけの変態犬が、馬車には不必要な邪魔なラグとして仰向けに寝そべっていたからだ。
「犬と少女は微笑ましい光景の代名詞ではなかったか?」
「いけ!我が兵よ!フランダル高原をわがものとせよ!」
フィッツは子供らしい男の子の声に少しほっとした。
リュカはボスコの隣にうつぶせで転がっているのだ。
彼の手元には小さな兵隊の人形がいくつも置かれており、その玩具はフィッツの幼少期の頃のものだと懐かしく眺めた。
自分が子供の頃のおもちゃを自分の子供に与える。
それはきっと素晴らしい行為であるのだろう。
「子供が欲しくなりました?」
フィッツはどうしてクラウディアの馬車にニーナも放り込んでしまわなかったのかと、これこそ完全に自分が彼女の手の平に乗せられた証拠ではないないのかと、生意気な少女を睨んだ。
「いいや。全く。」