音楽は命の中にある
シンディは自分を抱く腕が自分が望んでいた人のものだということが信じられないどころか、このまま死んでも構わないくらいの気持ちでいた。
騙されても構わないと、生まれて初めてエミールには考えたのに、それでも彼に捨てられる日が来ると考えるだけで足から力が抜けそうであった。
「シンディ。私の部屋に行かないかい?」
「ええ、でも、あなたのメロディがまず聞きたいわ。子供の頃に聞いたあなたのトロンボーンの音色が私の生きる糧であり指針であったの。伯爵様のあなたと単なる歌姫ではハッピーエンドなどありえないことは知っているわ。だから、これから生きていくために、再会したあなたのメロディが聞きたいの。」
シンディの身体は先ほどよりも情熱的と言える力で抱きしめられた。
「君は昔のままだ。嘘偽りのない真っ新で綺麗な子だ。」
「エミール?」
エミールはシンディをそっと開放すると、シンディの瞳を覗き込んだ。
シンディは自分を見つめるチョコレート色の瞳にうっとりとしながら、しかし、その瞳がトロンボーンを前にした時のエミールの目だったと思い出した。
「私は音楽家だ。口先だけのね。音楽を作る才能なんて枯渇してしまったんだよ。」
「おかしなことを言いますね。あの時のあなたは即興で色々な音を奏でていたじゃないですか。生きている命そのものが音楽だとおっしゃって。」
エミールは微笑んだが、それは泣きそうな笑みだとシンディは思った。
シンディはとっさにエミールの顔に両手を添えると、彼の顔が自分の左肩に乗るように引き寄せた。
「シンディ?」
「私を抱いていいです。好きに扱っていいです。それであなたが命を吹き返して、あなたのメロディを奏でられるなら、ええ、構わないわ。」
シンディの肩先はふふっと息を吹きかけられた。
笑っているようだが、シンディは泣いているのかも、と思った。
エミールの震えがシンディの手の中で感じられた。
「シンディ。私を抱いてくれ。愛する男にするように、私の背中に腕を回してくれないか?」
「もちろんだわ。」




