君は癒し
フォルスはオーギュストを肩に担ぎながら従業員用の通路を歩き、次にドアを開けた時は普通の従業員こそ歩けないような重厚な廊下に出た。
「この先がフィッツ達がいるはずの音楽室だ。俺も中将として大臣様にお目通りしなければいけないからもう少し付き合って。」
「よろしくてよ。詐欺のお話ですの?」
「そうだね。音楽学校という嘘で自分の領地を取り戻そうと動くのは二度としないように、と釘を刺さなければいけないね。」
「どういうこと、ですの?」
「あの大きな敷地がそのまま元デュナン家の領地だったんだよ。フィッツのお父さんの前の伯爵が趣味ばかりの抜け作でね、賭け事の払いでぜーんぶ手放す事になったという事さ。」
「まああ。では、その土地を大学にして学長ということで取り戻そうと?」
「だったら、まだ可愛い。奴はね、大学の敷地にするよって情報を流したのよ。音楽大学で始終楽器の音が響く場所となると考えたら、別の土地に移動したくなるでしょう?ついでに、そんな土地じゃあと値も下がる。」
「まあ、ひどい。でも、さすがのリーブスさんは先を見て売らなかったのね。」
「あたり。だけど、リーブスの土地に目を付けた馬鹿が、いや、もともとその情報をもとに賭け事で権利を奪っていたこのオーギュスト一派がね、リーブスの土地でもう一儲けしようと考えたのさ。」
「そんな悪巧みを直ぐに見破るお兄様は凄いわね。」
「頼まれていたからね。買った土地の状態を見ておいて欲しいってね。」
フォルスがしっかりと執事に使われているという事は、リーブスが自分の為に馬車を回してくれたお礼なのかしらとニーナは考えた。
「ほんっとに、あいつは目敏くて。はあ、俺はいつまであいつの猿回しのサルでいるんだろう。」
「まあ。もしかして、今回のわたくしへのパズルもお兄様の出奔も、全部リーブスさんの采配なのかしら。」
「うーん。全部ではなく、七割ぐらいってことにして。俺の沽券にかかわる。」
「ふふ、よろしくてよ。あら、もうすぐ目的地。何事も無かったもの、わたくしが迷子の振りをする必要は無かったようね。」
「いいや。もしもの時には君が助けになるからね。君の存在が俺達を安心させて自由にさせているんだよ。最高の君。」
「うふふ。お姉さまと喧嘩した時は教えてくださいな。お姉さまを必ずや説得して見せますわ。」
「わお!ちなみに、どうやって説得してくれるのかな?」
「男の人はたくさんいるけれど、お兄様は一人だけって言うだけですわ。」
どさ。
フォルスは担いでいた哀れな捕虜を床に落とし、再びニーナを抱きしめた。
「決めた。この可愛いお姫様を俺は抱いていく。」
「捕虜はどうなさるおつもり?」
「え、こんなの引き摺ればいいでしょう。」
フォルスはニーナを片腕だけで抱きしめると、面倒そうにオーギュストの襟元を持って引きずり始めた。
そこでニーナが珍しく憐憫の情を抱いたところで、ようやく目的の扉である。
「おい!開けて!俺は両腕が塞がっている。」
数秒しないでドアは開けられ、フィッツが物凄く気難しい顔で出てくると、有無を言わさずに彼はニーナをフォルスから奪い取った。
「おい。お前の獲物はこっちの若造。」
「それは君にあげるし、僕は癒しが欲しい気持ちなの。」
ニーナとフォルスは何のことかと顔を見合わせた。




