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ホテルの音楽室

 フィッツは自分が勢い勇み過ぎたと額に手を当てた。


 フィッツの父親のエミール・デュナンは、美しい女性と見れば必ず口説いてしまう男なのだからして、一人で音楽サロン室に籠っている筈は無いだろう、と考えもしなかった自分をフィッツは責めた。


 ほんの一瞬だけ。


 父親の膝に乗っていたシャンタルがエミールの喉仏に手を当てたそのまま、彼を後ろに倒したのである。


「あれ?父さんに惑わされてのスパイ活動の人じゃなかったのかな?」


「え?フィッツ、何を言い出すの?」


「いやほら。音楽大学作るために風紀粛正に乗り出していてね、この人。それで阿漕なイカサマをして稼いでいる伯爵夫人の家にスパイを送ったのかとも思っていたんだけど、うーん、違うようだ。」


「まあ!でも、何をのんびりしているの!ああ、エミールが大変じゃ無いの!」


「お黙りなさいな!あなた方のせいで私達は破滅だわ!ここまで頑張って来たというのに!」


 エミールを押さえつけているシャンタルの手には小さな小型拳銃が握られており、シンディは一体どうしたものかとフィッツに反射的にしがみ付いた。

 そしてフィッツこそは父親が人質に取られているにもかかわらず他人事の表情でシャンタルを見返すだけであり、シンディはそんなフィッツに脅えた。


 いや、彼女はここで出会ったばかりのフィッツを思い出したのだ。


 今でこそ優しく気さくで気安い男を振舞っているが、シンディがスパイだと思い込んでいた当初は物凄く陰険で怖い男ではなかったか、と。


「ハハハハ。欲をかきすぎると失敗する。よくあることですよ。で、その男はどうぞ、お好きなように。彼を殺したら残念ながら僕が伯爵になってしまいます事が、ああ、残念至極でございますが、いいですよ。」


「な、なにを言い出すのフィッツ!あなたのお父さんでしょう!」


「お父さんですけどね、お父さんらしいことはしてもらってないですから。」


「ちょ、ちょっとあなた方!事態を解っていますの?私は伯爵を人質に取っておりますのよ!」


 シャンタルは銃を持った手を振り回した。

 銃口を誰かに向けていなければ銃の重要性は無くなると、誰も彼女に教えなかったのかとシンディはぼんやり考えた。

 そして、それを肯定するようにして、シャンタルは人質だった男に後ろから覆いかぶさられて襲われたのである。

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