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エミールに会いに行こう

「そろそろいいかな。」


 フィッツはそう呟くとシンディに腕を差し出した。


「あ、あの。」


「いいから。恋人のように僕の腕にぶら下ってくれるかな。」


 シンディはそっとフィッツの腕に自分の腕を絡めた。


「では、僕達も進撃だ。ニーナたちの為に囮になるって作戦だよ。そして、この囮となったご褒美は、君が会いたい人に会えるってご褒美でもある。」


 シンディはフィッツの腕に本気でぶら下りそうなところだった。

 シャンタルは無事なの?

 そこでシンディの歩みが止まった。


「どうしたの?」


「ねえ、あなた。シャンタルを騙している悪い男もここにいるって事なの?このラバーナでは騙された若い女性が次々に首を括っているって。」


「ハハハ。このラバーナにはたくさんの吸血鬼がいるようだね。まあ、若い女を騙しているともいえる吸血鬼、僕の父親には今すぐに会えるから、さあ、歩こうか。」


 シンディは再び歩き出したが、歩いた先で自分こそ滅んでしまうような気がしていた。

 彼女は幼い頃に母の愛人だった男性、フィッツの父親を前にした時、もし彼が彼女の事を一つも覚えていなかったらと考え、そうしたら自分が壊れてしまうだろうと急に思って怖くなったのだ。


 いや、フィッツが実の父親を吸血鬼と呼ぶという事は、フィッツは父親が外に愛人を作っていたことを知っており、そして、シンディによってフィッツをさらに落ち込ませるだろう結果になりそうな気がしたのである。

 どうしてフィッツを傷つける事こそ怖いと思うのか、今のシンディは自分への説明も出来なかったが。


「ねえ、私はシャンタルの無事さえ分かればいいの。おかしな男性に騙されていないのか知ることが出来ればいいの。」


 フィッツは急に足を止めた。

 足を止めただけでなく、シンディを初めて見たような目つきで見返したのだ。


「あの。」


「君は僕の父に会いたくは無いの?彼が恋人だったのでしょう?」


「いいえ。」


「嘘はいいよ。君の語ったエミールは僕の父だ。そうでしょう?」


 シンディは観念した。

 母親が亡くなった後の愛人ならばまだしも、生存中に愛人がいたと知ったら彼が傷つくと思いながら、フィッツの嘘を許さないという視線が耐えきれないからだと真実を吐露してしまっていた。


「あの、彼が恋人だったのは私の母。遠い昔の事なの。だから、もういいの。家族がいない私は、彼を父親のようにして勝手に慕っていただけなんだから、だから、もういいのよ。」


 フィッツはシンディから顔を背け、天井を見上げると吐き捨てた。


「あの、無責任の節操なし。」


「え?」


「君が妹か何かかもしれないって事か。なおさらにあの馬鹿に会わなければ!」


「え、ええ!」


 シンディは言葉通りフィッツの腕にぶら下った状態でフィッツに引っ張られて行き、そのうちにフィッツは重厚そうな扉を乱暴に開け放った。


「父さん!大事な話がある!」


 ホテルの音楽サロンともいえる部屋、大き目の部屋に真っ黒なグランドピアノがあるという部屋のピアノの上にシンディの会いたかった人達が乗っていた。

 正しくは、ピアノの天板に腰かけた男の上にシャンタルが跨っており、二人が熱いキスを交わしているという所だったという事だ。

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