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迷子のお人形様とホテルボーイ

 ニーナはここまですんなりと目的地に行けるとは思ってはいなかった。

 一人でホテルのエントランスに入るや、当り前だがホテルの偉そうな男の作り笑いに出迎えられた。


「いらっしゃいませお客様。お父様かお母様はどちらかな?」


 ニーナはその男にわかるようにして外を指さした。

 フィッツとシンディは夫婦のように腕を組んでおり、フィッツの顔を見たホテルマンは頬をピクリと痙攣させた。


「パパがおじいちゃまにこんにちはしてきなさいって。」


「え、ええ?」


 男はびくりと驚いて一歩下がり、ニーナはそれを合図に先へと進んだ。

 ここまではフォルスとフィッツの想定通りだ。

 彼女はすたすたとエントランスを通り抜け、こんな面倒を自分がしなくとも裏口から勝手に侵入できる人だけで事が足りるだろうに、と考えた。


「ええと、フィッツのお父様のお部屋には。」


「私がお連れしますよ、美しきお嬢様。」


 ホテルのお仕着せを着た若い男性がニーナに身を屈めた。

 明るい栗毛を黒く染めた男は水色の瞳を悪戯そうに輝かせたが、ニーナはフォルスの様変わりに心臓が三回転ぐらいしていた。

 甘い顔立ちのフォルスは軍服だと真面目な青年将校にしか見えないが、ホテルの白い制服だとその甘い顔立ちがさらに引き立って若々しく美しいのだ。


「お、お兄様、く、黒髪がお、お似合いで、も、物凄くハンサムでいらしてよ。」


「もう、このお嬢様は!君も赤ちゃんな可愛らしさで最高になっているよ。では、お手を。」


 ニーナはフォルスの大きな手に自分の手を重ね、どうして彼がそばにいるだけでこんなにも安全だと心が落ち着くのだろうかと考えていた。

 いや、フィッツの時もそうだ、と考えて、フィッツには時々イラつかせられもするなと、やっぱり義理の兄の方が最高の男性なのだと考え直した。


「楽しそうだね。良かったよ。身を隠す事になった俺では君を呼びたいけれど呼べないでしょう。だから、パズルみたいに誘導するしかなくってごめんね。寂しかったでしょう?」


「いいえ、ぜんぜん。わたくしは毎日忙しい人ですもの。」


 フォルスはニーナの帽子を取り上げるとその頭をぐしゃぐしゃになるほどに撫で、それから再び帽子を被せた。


「ひどいわ。」


「寂しかったって言ってくれなかったからね。俺達はカレンダーに印をつけて君の到来を待っていたというのに。」


「お兄様は嘘ばかり。お姉様の事しか考えていなかったじゃ無いの。」


「ああ、ひどい。さあ、着いたよ。俺はこれからこの国のフィクサーの一人の書類を漁るからね、俺のフォローを頼んだよ。」


「任せて。ちゃんと守って差し上げますわ。」


 ニーナとフォルスは貴賓室と呼ばれるにふさわしい重厚な扉を開けて、コソ泥とは思えない堂々とした様で中に踏み入れた。

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