吸血鬼の所業
バネッサのパーティは主催者の想定とは違った結末を見せたが、概ね称賛される形であったのでバネッサの完全な損失でもなかっただろうと、フィッツは馬車に揺られながら皮肉に考えた。
彼女は大金を得られなかったが、フィッツの連れて来たシンディのお陰で、素晴らしいダンスが出来る演出をした人、という栄誉は得たのである。
バネッサはそんな栄誉よりも金が欲しいと叫びたいであろうが。
彼女はパーティを開いては、「金満な過去の友人」から金銭を巻き上げる事で生活を成り立たせていたのだ。
そして、巻き上げる相手に関しては、手下を使ってかなりしっかりとリサーチもしていた。
相手が覚えていない親友に成りすますのだ。
紳士名鑑だけでは済ませられない事だろう。
ところが、フィッツが心底驚いていたのが、今回ターゲットにされたクラウディアこそが策士であったという所だ。
彼女は自分に会いたいと手紙を書いて来たバネッサを信じてもいたが、自分と同じ格好で親友だと言い張る彼女に違和感しか感じなかったそうだ。
「同じ格好で同じ趣味だとあの人は言いましたけれども、わたくしのドレスも髪形も、わたくしが十六の頃から自分自身で考えてきたものです。失礼ですわ!」
帰りの馬車の中でクラウディアは憤懣やるせないとフィッツに言い放ったが、聞かされる側のフィッツとしては、そうですか、と答えるしかない。
数十年前の流行りの髪形とドレスだが、あの強烈なスタイルに自分流をどこに割り込ませていたのかと、フィッツは別に知りたくもないのである。
あの格好を現在でもしているクラウデイアにこそ、フィッツは心の底から引いていたのだ。
「それで今日は今風に着飾られたのですね。私は浅はかな男ですから、眺めるならばこの姿のあなたと思ってしまいます。本当にお似合いでお綺麗です。」
「うふふ。そうね、最近のドレスは着やすくて素敵ですわね。でも、私はあのドレスこそ好きなのよ。どんな災難にも立ち向かえる服だわ。」
確かに、クジラの骨入りのコルセットやペチコートを装着させた人に挑む気は無くなると彼は想像した。
想像して、ニーナには絶対にそんな怖い服を着せないようにしようと考えた。
「安心なさって。こちらにいる時は今風にまとめる事にしましたから。」
「アハハ、ありがとうございます。眼福ですね。それにしても、今晩はお見事でしたよ。イカサマを仕掛けられておきながら、あんなにもコテンパンにやっつけるなんて。あなたは素晴らしい。」
「うふふ。ニーナのお陰ね。わたくしたちは散々カードゲームをして遊んだの。」
「そうなのですか?」
「ええ。ただね、わたくしのカードは54枚無かったのよ。そうしたらニーナが、無い札を当てて、その札が無い上で勝っていく方法をいくつも考え出しましてね。うふふ。マナーハウスの召使い達も面白がって、ええ、毎晩イカサマカードゲーム大会をして遊んでいましたの。」
「ははは。ニーナですか。それでも、カードを記憶できるなんて、あなたは素晴らしい能力をお持ちだと思いますよ。」
「まあ、ありがとうございます。計算が得意でも女には不要なものだと言われ続けていましたから、ええ、お若いあなたにそう言って頂けるのは嬉しいわ。うふふ、ニーナもミアも計算が得意だそうよ。あの子達は自分達で家計を守っていましたからね。伯爵夫人になったらその仕事は使用人のものだと言ったら、とっても残念がっていましたわ。」
「そうなのですか?計算はみんなが嫌がる仕事ですよ。ああ、あなた方を戦場に連れて行って、面倒な補給物資の計算を頼みたいぐらいですよ。」
フィッツは本気でやりたいという顔付をしたクラウディアを見つめながら、彼女が男の子が嫌いなのは不自由な女の子である自分を追い詰める存在だったからでは無いだろうかと考えた。
彼女はもしかしたら、野をかけて地面に転がるという、そんな男の子のようでありたかったのかもしれない、とも。
「うらやまじいわ。計算が得意だなんで。ああ、私ば騙されでばっかり。」
馬車の中で寝ていたはずのシンディが目を覚ましたようで、彼女は馬車に乗る前にもぐずぐず言っていた事を再び繰り返していた。
歌姫で大金を稼いたのに気が付けば付き人に全部持ち逃げされ、給金がいいからと申し込んだ軍船で歌う仕事では海に落とされてしまった、という事情だ。
フィッツは前半部分だけで後半は自分で飛び込んだと聞いても驚かない程、彼女は色々と騙され続けて来た不幸な人生だった。
「君の不幸は計算が不得意だからでも無いでしょう。」
既婚男性に貢いだり、結婚詐欺にあうのは計算以前の問題だ。
「でも、得意だったら付き人に全部お金を任せることも無かったの!一人で生きるって決めたばかりなのに、全部、ああ、全部!持ち家の権利証まで売られちゃったのよ!」
「ああ、はいはい可哀想に。でも、そこは良かったと思いなさいよ。エンバイルに占領されたフローディアは、金持ちの家も財産も接収されているからね。ああそうだ。犯罪者を徹底的に許さない、という名目で、犯罪者は見つけると縛り首らしいし、ああ、君から盗みを働いた付き人はそれなりの目には遭っているのじゃない?」
「そうよ、あなたは泥棒に遭って良かったのよ。フローディアにいたら恐ろしい目に遭っていた事でしょうし。ええ、これからはわたくしの娘として私があなたを守ってあげましょう。大丈夫よ。」
「ああ、おがあざま。」
クラウディアとシンディは抱き合い、フィッツはシンディから全部吐かせようと躍起になっていた今までが馬鹿らしくなっていた。
発泡酒一杯で洗いざらい吐く程度だったとは、と。
彼はもうすぐ家に着くと馬車の窓から外を眺め、外が何やら騒がしく人々が走り回っている事に気が付いた。
「何が起きている?」
彼は馬車を止めるべく馬車の床を杖で叩いた。
「あら、フィッツ。」
「どうじだの?ヴぃっづ。」
「外が騒がしいからね、少し確認して来る。歩いて帰るから先に戻って。」
彼が馬車を降りるや馬車は再び動き出し、彼は騒いでいる人混みの方へと歩き出した。
ランプを持って草むらを覗いていた男はフィッツに気が付くと、ここに来てはいけないという風に大きく手を振った。
「どうしたのですか?」
「旦那様、殺しです。吸血鬼が出たんでさあ。」
「吸血鬼?」
フィッツは静止を聞くどころかさらに前へと進み、ラバーナの治安警備の人だったらしき男に見せるようにと軽く手を振った。
「あの、旦那様?」
「僕は軍の少佐をしているシーフルだ。一般人じゃないから大丈夫。他言無用は守れるよ。」
「ではどうぞ。」
フィッツは草むらの中の二体の死体を覗き込み、死体の首がきれいに折れているという事を見て取った。
「すごいな、一瞬だ。この人達はラバーナの観光客かな。」
「今までと同じに違うといいですね。」
「ああ。今までも作った死体はキレイに片して欲しかったけれどね。」
「ああ、一連の殺しを吸血鬼で煽れと言い放った大臣様みたいなことを言わないでください。」
フィッツは心から警備の男性に頭を下げて謝罪するしかなかった。
「本気ですまない。君達の働きはちゃんと上に伝えておくから。」
「頼みますよ、旦那。」
フィッツは何枚か銀貨を取り出すと、目の前の男にそっと握らせた。
「これで皆でうまい酒でも飲んでくれ。本当にすまない。」
「いいですよ。最近はこんなことばかりで小遣いは増えている。」
フィッツは気さくに別れを告げると、自分の屋敷のある方へと歩き出した。